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「抗酸化物質がガンを防ぐ」は世紀の思い込み

 

「抗酸化物質がガンを防ぐ」は世紀の思い込み

 

 

ドラッグストアの棚には、ビタミンC、ビタミンE、βカロテン、ポリフェノールなど、「抗酸化」を名乗る健康食品が所狭しと並んでいます。体のサビ取り、若返りの秘薬、そしてガン予防の切り札。そう信じられてきた「抗酸化物質」が、実はガン細胞にとってこの上なく都合のよい武器になりうる——2026年9月3日、英国ケンブリッジ大学と米国オレゴン健康科学大学(OHSU)の合同チームが、学術誌「Science」に、健康常識を裏返す研究を発表しました(1)(11)。

 

 

 

結論から言えば、こうです。ガン細胞は、自分を攻撃しようとする免疫細胞の「武器の火花」を、大量の抗酸化物質で消し去っていたのです。そして、その消火剤を私たちはサプリメントとして、自らの手で買い込んでいるかもしれない。この事実は、健康に対する私たちの考えを根底から問い直すものです。

 

 

 

まず前提となる物語を整理しましょう。私たちの体は、酸素を使ってエネルギーを燃やすことで生きています。ところがこの燃焼の過程で、火花のような性質を持つ不安定な分子が飛び散ります。それが活性酸素種、いわゆるフリーラジカルです。

 

 

 

鉄が錆びるように細胞を酸化して傷つける——だから長年、活性酸素は代謝が出す「有害な副産物」と見なされ、それを掃除する抗酸化物質こそ健康の味方、という図式が出来上がりました。ならば抗酸化サプリを飲めば、ガンにも老化にも勝てる、という理屈です。

 

 

 

ところが、この「火花=悪者」という単純な物語は、ここ数十年の免疫学で少しずつ書き換えられてきました。2013年のレビュー論文は、活性酸素がただ傷つけるだけの分子ではなく、免疫システムの中で信号として働く本質的な役割を担っていることをまとめています(2)。

 

 

 

免疫を担うリンパ球(T細胞)は、活動モードに切り替わる瞬間、つまり引き金を引く瞬間に、少量の活性酸素を必要とします。火花は、エンジンが動き出すために欠かせないスパークプラグの火のようなもの。消しすぎれば、エンジンはかからなくなります。2019年の論文はさらに、T細胞がガン細胞に酸化ストレスを与えることでガン細胞を自壊へ追い込むことを示しました(3)。身体がガンを処理する仕組みそのものが、活性酸素を必要とします。」う

 

 

 

 

この流れの中で、今回の研究は決定的な証拠を提示しました。研究チームは、マウスの腫瘍の内部で細胞の間を満たしている液体を分析しました。なんと、ペルオキシレドキシン1(PRDX1)という天然の抗酸化タンパク質が大量に蓄積していたのです。

 

 

 

ガン細胞はこの消火剤を外へ撒き散らし、戦場に漂う活性酸素を次々に吸い取っていました。火花を奪われたT細胞は、ガンを処理することができません。

 

 

 

さらに研究チームは、PRDX1をまったく作れないガン細胞を作りました。すると腫瘍の成長は抑えられ、モデルによっては腫瘍が免疫システムによって自然に拒絶された例さえあったといいます。

 

 

 

しかも重要なのは、この仕組みがヒトでも同じであることを複数の方法で確認できた点です。ヒトのガン細胞株が放出するタンパク質のデータ、何千ものヒト腫瘍の遺伝子の働きの解析、そして患者さんから摘出された腫瘍の周囲の液体——すべてが同じ結論を指しました。ヒトのガンもまた、PRDX1という消火剤を放出して、免疫の火花を消しているのです。

 

 

 

 

ここで、過去の大規模研究が一斉に点灯します。フィンランドで約29,000人の喫煙者を追跡した1994年の試験では、βカロテンを飲んだグループの肺ガンが、むしろ飲まなかったグループより増えました(4)。米国の1996年の試験も、βカロテンとビタミンAの組み合わせが肺ガンを増やすという結果となり、危険性が高すぎるとして途中で中止されています(5)。

 

 

 

そして2011年、約35,000人を追跡したビタミンEの試験(SELECT)は、サプリを飲んだグループで前立腺ガンが増加したという衝撃の結論を報じました(6)。

 

 

 

動物実験も同じ方向を指していました。2014年のマウス実験では、抗酸化物質を投与したマウスの肺ガンは、投与しないマウスより早く進行しました(7)。2015年の2つの研究は、抗酸化物質がメラノーマ(悪性黒色腫)の転移を促進することを示しました(8)(9)。「ガンに抗酸化物質を与えると、むしろ増える」——現象としては繰り返し確認されていたのに、その理由は長く謎のままでした。

 

 

今回の発見は、この謎に確かな筋道を通します。ガンを処理するリンパ球は、火花としての活性酸素を必要とする。だから、体の中の火花を消し込む抗酸化物質の洪水は、ガン細胞にとって味方となり、盾となる。2014年の解説論文が「抗酸化物質には約束と危険が同居する」と警告していた通り(10)、その「危険」の正体が、免疫の封じ込めという形でついに姿を現したといえます。

 

 

 

ただし、肉類、野菜や果物に豊富な抗酸化物質を「食事」から摂ることと、特定の抗酸化物質を高用量で「サプリ」から摂ることは、別の行為です。過去の大規模試験でガンを増やしたのは、サプリメント(医薬品と同じ添加物の塊)として凝縮した常に後者のほうです。分子栄養学(現代医学をサプリの分野に応用したもの)という言葉が日本で流行していますが、全体とそれを細かく分けた部分の総和は、全く別物であるということを認識しておきましょう。

 

 

 

参考文献

 

  1. Tumor-derived antioxidants suppress immunity by depriving T cells of reactive oxygen species. Science 2026、393, 1036-1044.
  2. Beyond oxidative stress: an immunologist’s guide to reactive oxygen species. Nat Rev Immunol 2013、13, 349-361.
  3. CD8(+) T cells regulate tumour ferroptosis during cancer immunotherapy. Nature 2019、569, 270-274.
  4. The effect of vitamin E and beta carotene on the incidence of lung cancer and other cancers in male smokers. N Engl J Med 1994、330, 1029-1035.
  5. Effects of a combination of beta carotene and vitamin A on lung cancer and cardiovascular disease. N Engl J Med 1996、334, 1150-1155.
  6. Vitamin E and the risk of prostate cancer: the Selenium and Vitamin E Cancer Prevention Trial (SELECT). JAMA 2011、306, 1549-1556.
  7. Antioxidants accelerate lung cancer progression in mice. Sci Transl Med 2014、6, 221ra15.
  8. Oxidative stress inhibits distant metastasis by human melanoma cells. Nature 2015、527, 186-191.
  9. Antioxidants can increase melanoma metastasis in mice. Sci Transl Med 2015、7, 308re8.
  10. The promise and perils of antioxidants for cancer patients. N Engl J Med 2014、371, 177-178.
  11. Cancer cells release antioxidants to prevent immune cells from destroying them. University of Cambridge 2026.

 

 

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