「クリーニングから戻ってきた服」が肝臓を傷つける?
――ドライクリーニングに潜む化学物質――
クリーニングから戻ってきたスーツやコートには、独特の匂いが残っていることがあります。
これを、そのままクローゼットへ入れていないでしょうか。
実は、その匂いの一部は、ドライクリーニングで長年使われてきた「テトラクロロエチレン(tetrachloroethylene:PCE)」、別名「パークロロエチレン(perchloroethylene)」という有機溶剤に由来する可能性があります。
そして2025年、『Liver International』誌に、このPCEへの曝露と「肝線維化(肝硬変)」との間に強い関連が報告されました[1]。
PCEは油脂をよく溶かすため、水では落ちにくい皮脂や油汚れを落とすのに適した溶剤です。
しかし問題は、洗浄が終わったあともPCEの一部が衣類に残り、少しずつ空気中へ揮発することです。つまり、クリーニング済みの服が家庭に戻ってくると、その服自体が「毒性物質の放散源」になる可能性があります。
1991年の研究では、ドライクリーニングされた衣服を住宅内へ持ち込むと、9軒中7軒で室内空気中のPCE濃度が上昇しました。さらに、そこで生活していた人の呼気中PCE濃度も2〜6倍に増加しています[2]。

つまり、
服からPCEが揮発する
↓
室内空気に広がる
↓
それを吸い込む
↓
体内へ入る
という流れが実際に確認されているのです。
そして2025年の研究では、米国の国民健康栄養調査「NHANES」のデータを用いて、20歳以上の成人1614人を解析しました。その結果、血液中にPCEが検出された人では、検出されなかった人と比べて「有意な肝線維化」が存在するオッズが3.17倍でした[1]。
さらに血中PCE濃度が1 ng/mL高くなるごとに、肝線維化のオッズは5.13倍に上昇していました[1]。
肝線維化とは、肝臓が繰り返し傷つくことで、修復のための線維が蓄積して硬くなっていく状態です。つまり、肝硬変と呼ばれるものです。
さらに興味深いことに、PCEと肝臓の関係は2025年に突然見つかったわけではありません。1995年には、ドライクリーニング従事者29人と対照群29人を比較した研究で、血液検査では大きな異常がなくても、肝臓の超音波検査では異常所見がドライクリーニング従事者に多く認められました[3]。
2022年の研究でも、PCEに曝露されたドライクリーニング従事者では肝臓のダメージに指標の酵素(ALT、AST)の上昇に加え、酸化ストレスの増加が報告されています[4]。
つまり、「血液検査が正常だから問題ない」とは必ずしも言えない可能性があります。
PCEの問題は肝臓だけではありません。過去の研究では、慢性的なPCE曝露と注意力、反応速度、視覚記憶などの神経機能との関連も報告されています[5]。腎臓への影響を示す研究も存在します[6]。
さらに国際がん研究機関「IARC」はPCEを「ヒトに対しておそらく発がん性がある」Group 2Aに分類しています[7]。ドライクリーニング従事者を対象としたメタ解析では、膀胱がんの相対リスクが1.47倍だったことも報告されています[8]。
こうした背景から、米国環境保護庁「EPA」は2024年、PCEの使用を大幅に規制する方針を決定しました。ドライクリーニング用途については10年間かけて段階的に廃止し、2034年12月以降はPCEを使用したドライクリーニングを原則として終了する計画です[9]。
クリーニングから戻ってきた衣類に強い溶剤臭が残っている場合は、そのまま寝室や密閉されたクローゼットへ入れるのではなく、まず十分に換気された場所で風を通す方がよいでしょう。また利用しているクリーニング店に、「PCEを使用していますか」と尋ねてみるのも1つの方法です。
現在では、水を主体としたウェットクリーニングなど、PCEを使わない方法へ移行している店舗もあります。
私たちは肝臓病というと、お酒やプーファ過剰の加工食品ばかりを考えがちです。しかし人間は食べ物だけで生きているわけではありません。私たちは毎日、大量の空気を肺から体内へ取り込んでいます。
衣服から揮発する溶剤。
室内空気。
職場の化学物質。
飲料水に混入する有機溶剤。
これらもまた、私たちの身体へ入ってくる「環境からの摂取物」です。
クリーニングという便利さと引き換えに取り返しのつかない身体の問題を抱えるのかを冷静に考えてみましょう。
参考文献
1. Su Y, Dodge JL, Lee BP. Tetrachloroethylene Is Associated With Presence of Significant Liver Fibrosis: A National Cross-Sectional Study in US Adults. Liver Int. 2025;45(11):e70398. doi:10.1111/liv.70398.
2. Thomas KW, Pellizzari ED, Perritt RL, Nelson WC. Effect of dry-cleaned clothes on tetrachloroethylene levels in indoor air, personal air, and breath for residents of several New Jersey homes. J Expo Anal Environ Epidemiol. 1991;1(4):475-490.
3. Brodkin CA, Daniell W, Checkoway H, et al. Hepatic ultrasonic changes in workers exposed to perchloroethylene. Occup Environ Med. 1995;52(10):679-685.
4. Azimi M, et al. The perchloroethylene-induced toxicity in dry cleaning workers lymphocytes through induction of oxidative stress. J Biochem Mol Toxicol. 2022;36:e23000.
5. Altmann L, Neuhann HF, Krämer U, Witten J, Jermann E. Neurobehavioral and neurophysiological outcome of chronic low-level tetrachloroethene exposure measured in neighborhoods of dry cleaning shops. Environ Res. 1995;69(2):83-89.
6. Vyskocil A, et al. Occupational exposure to tetrachloroethene and its effects on the kidneys. Int Arch Occup Environ Health. 1998;71:538-542.
7. IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Trichloroethylene, Tetrachloroethylene, and Some Other Chlorinated Agents. IARC Monogr Eval Carcinog Risks Hum. 2014;106:1-512.
8. Vlaanderen J, Straif K, Ruder A, et al. Tetrachloroethylene exposure and bladder cancer risk: a meta-analysis of dry-cleaning-worker studies. Environ Health Perspect. 2014;122(7):661-666.
9. United States Environmental Protection Agency. Regulation of Perchloroethylene Under the Toxic Substances Control Act. Fed Regist. 2024;89:103560-103668.
















