Book

『陣痛促進剤の功罪〜リアルサイエンスシリーズ』

当時30歳の母親が男の子を出産する際、胎児の心拍数が低下しているにも関わらず、担当医が子宮の収縮を起こす陣痛促進剤・オキシトシン(人工合成薬剤ピトシン)の投与を続けたため、男の子は重度の脳性麻痺を負ったとして病院を提訴したニュースが出ています(『“陣痛促進剤”の過剰投与が原因か 2歳の息子が死亡で富山県を提訴』 チューリップテレビ 2/9(木))。

 

 

男の子は24時間、脳に障害を抱えたため介護が必要な状態で、2歳5か月で敗血症のため亡くなりました。

 

 

これまで陣痛促進剤である合成オキシトシンは、産婦人科でも比較的安全とされてきた薬剤です。

 

 

 

しかも、巷でオキシトシンは“絆ホルモン”と誤解されているため、その本当の作用を医師もまったく知りません(基礎医学参照)。

 

 

 

オキシトシンは、コルチゾール、セロトニン、エストロゲンと同じく、ストレス時に放出されるストレスホルモンです

 

 

出産とは、生理や炎症と同じ過程で進行します。いわゆる排出作用です。

 

 

 

胎児を子宮から“排出”するために、エストロゲンというストレスホルモンが高くなってきます。

 

 

このエストロゲンの作用でオキシトシンが胎盤や脳で合成が盛んになります(The Role of Oxytocin in Parturition. BJOG Int J Obstet Gynecol (2003) 110 Suppl 20:46–51.)(Synthesis of Oxytocin in Amnion, Chorion, and Decidua may Influence the Timing of Human Parturition. J Clin Invest (1993) 91:185–92)。

 

 

オキシトシンは子宮の筋肉を収縮させて、排出を促します。

 

 

これは生理の時と全く同じ過程です(ちなみに、炎症を促進する目的で、プーファからプロスタグランジンの合成も盛んになります。)。

 

 

これは女性に備わっている営みですが、問題は外から過剰なストレス物質を与えた場合に起こる弊害です。

 

 

オキシトシンは、抗利尿ホルモンとも言われ、体内に水をためて、血液の塩分濃度を薄めてしまいます。そのため過剰にオキシトシンがあると、細胞は水膨れして機能が低下します(Water intoxication and oxytocin. Br Med J (Clin Res Ed).1982;285(6337):243)(Oxytocin and water intoxication. JAMA.1963;186:601–603)。

 

 

そのため、いわゆる「水中毒」(water intoxication)となり、頭痛、吐き気、嘔吐などが発生します。

 

キシトシンは、副交感神経を過剰に刺激する“ショックホルモン”でもあります(Heart Rate and Heart Rate Variability in Multiparous Dairy Cows With Unassisted Calvings in the Periparturient Period. Physiol Behav (2015) 139:281–9)(Sympathetic and Parasympathetic Regulation of the Uterine Blood Flow and Contraction in the Rat. J Auton Nerv Syst (1996) 59:151–8)。

 

 

ストレス時の交感神経優位の状態から定常状態に戻る際に、オキシトシンが一定の役割をしているものと思われますが、それが過剰になるとショック状態(副交感神経過剰)を招きます。

 

 

それでは、陣痛でオキシトシンを投与した場合、胎児への影響はどうなるでしょうか?

 

 

出生直後の新生児の状態を評価し、新生児仮死の有無を判断するために「アプガースコア(APGAR scores)」というスケールを用います(「皮膚の色」・「心拍数」・「反応性(啼泣)」・「活動性(筋緊張)」・「呼吸」の5つの評価項目があります。そして、それぞれ0~2点の3段階に点数をつけ、その合計が10~7点を正常、6~4点を軽症仮死(第1度仮死)、3~0点を重症仮死(第2度仮死))。

 

このスコアが低いほど、新生児の状態が悪いことになります。

 

 

陣痛誘発としてオキシトシンを投与した場合、新生児のアプガースコアは、相対的に低くなることが報告されています(Exposure to synthetic oxytocin during delivery and its effect on psychomotor development. Dev. Psychobiol. 2015;57(8):908–920)(Perinatal outcomes of high dose versus low dose oxytocin regimen used for labor induction and factors associated with adverse perinatal outcome in four hospitals of Ethiopia: a multicenter comparative study. BMC Pregnancy Childbirth. 2021 Aug 28;21(1):588)。

 

 

また、まだ大規模な臨床試験のデータがないものの、オキシトシン投与と新生児の自閉症や多動症発症リスクの上昇との関連が疑われています(Elective Deliveries and the Risk of Autism. Am J Prev Med. 2022 Jul;63(1):68-76)(Oxytocin-augmented labor and risk for autism in males. Behav. Brain Res. 2015;284:207–212)(Trends and morbidity associated with oxytocin use in labour in nulliparas at term. Aust. N. Z. J. Obstet. Gynaecol. 2012;52(2):173–178)(Perinatal Pitocin as an early ADHD biomarker: neurodevelopmental risk? J. Atten. Disord. 2011;15(5):423–431)。

 

 

したがって、安易に外部からオキシトシンを過量投与してはいけません。

 

 

現代の妊婦はプーファおよびエストロゲン過剰で、自然分娩できないケースも増えてため、分娩に立ち会う産婦人科医は大変だと思います。

 

どの医師においても、あるいは薬剤投与を受ける側も、安易な薬剤の使用は甚大な悪影響を及ぼす可能性があることを頭の片隅に置いて頂きたいと思います。

関連記事

  1. 『飲んではいけないダイエット薬〜リアルサイエンスシリーズ』

  2. 『集団免疫という幻想〜サイエンス再検討シリーズ』

  3. 『ステロイドとガン』

  4. 『やってはいけない人間ドック検査〜大腸内視鏡』

  5. 『私たちにも赤ちゃんにも必要な物質とは?』

  6. 『権力者がほくそ笑むニューノーマルの子供への影響』

  7. 『心臓発作が若い女性で増えている理由』

  8. 『細胞膜に受容体ってあるの?』