⭐️肝臓の「マスターレギュレーター」という名の司令官
私たちの肝臓には、まるでオーケストラの指揮者のように、デトックスやその他の代謝を統括する特別なタンパク質が存在します。その名は「HNF4α(ヘパトサイト・ニュークリア・ファクター・フォー・アルファ)」。2010年の画期的なレビュー論文で、HNF4αは肝臓の「マスターレギュレーター」として紹介されました(1)。この称号は決して大げさなものではありません。HNF4αは、私たちの体を毒から守る最前線で、解毒システム全体を指揮する司令官といってよいでしょう。

肝臓という巨大な化学工場の中央制御室に、一人の司令官が座っています。彼の名はHNF4α。彼が発する命令一つひとつが、工場内の数百もの作業員を動かし、毒物を無害化する複雑な化学反応を調整しています。
この司令官が健全に機能している限り、私たちは食事や環境から取り込んだ様々な有害物質を効率的に処理し、体外へと排出することができます。しかし、もしこの司令官が攻撃を受け、機能不全に陥ったらどうなるでしょうか。
⭐️解毒システムの心臓部:シトクロムP450という名の作業員たち
HNF4αが指揮する最も重要な作業員の一群が、「シトクロムP450(CYP450)」と呼ばれる酵素ファミリーです。2001年の研究では、HNF4αがCYP450酵素の発現を直接制御していることが実証されました(2)。この酵素ファミリーは数百種類もの異なるメンバーから構成され、それぞれが特定の毒物や薬物を処理する専門家として働いています(1)。

CYP450酵素の中でも特に重要なのがCYP3A4です。この酵素は、現在使用されているすべての医薬品のほぼ半数の代謝に関与していると言われています(1)。心臓病の治療薬であるベータ遮断薬から、うつ病の治療に使われるプロザックのような向精神薬、さらには乳がん治療薬タモキシフェンに至るまで、私たちが頼りにする多くの薬がCYP3A4によって処理されます(1)(3)。
2007年の包括的な研究では、HNF4αの機能を低下させた人間の肝細胞において、合計110種類以上の解毒酵素の発現が変化することが確認されました(3)(4)。これは、HNF4αが肝臓の解毒システムのほぼ全体を統括していることを意味します。
⭐️プーファという名の静かなる破壊者
ここで、私たちが日々摂取している多価不飽和脂肪酸(プーファ)、特に大豆油や魚油に豊富に含まれるプーファは体内で酸化され、4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)やマロンジアルデヒド(MDA)といった反応性の高い過酸化脂質へと変化します。これらの物質は、HNF4αタンパク質のアミノ酸残基と共有結合を形成し、その構造を変性(ALEと呼ぶ)させます。
2015年の研究では、アセトアルデヒドや4-HNEがHNF4αタンパク質を直接攻撃し、その機能を失わせることが実証されました(5)。まるで司令官が毒ガスで倒れてしまうように、HNF4αは過酸化脂質という毒素によって機能不全に陥ります。そして、司令官が倒れた化学工場では、作業員たちは次々と指示を失い、毒物処理のラインが停止していくのです。

⭐️解毒能力の喪失がもたらす慢性病の連鎖
HNF4αが機能不全に陥ると、何が起こるのでしょうか。2018年の研究では、肝疾患の進行とHNF4αの機能低下が直接相関していることが報告されています(6)。肝臓の機能が悪化すればするほど、HNF4αのレベルは低下し、それがさらに解毒能力の低下を招くという悪循環が生じます。
解毒酵素の発現が低下すると、私たちは日常的に曝露される様々な毒物を適切に処理できなくなります。食品添加物、環境汚染物質、農薬残留物、さらには体内で生成される代謝産物まで、本来なら速やかに無害化されるべき物質が、体内に蓄積し始めます。
HNF4αの機能が低下すると、私たちは処方された薬を正常に代謝できなくなり、薬物の副作用が増強されたりする可能性があるのです。

さらに深刻なのは、解毒能力の低下が全身の慢性炎症を引き起こすことです。処理されずに蓄積した毒物は、細胞を刺激し続け、持続的な炎症反応を誘発します。2015年の研究では、HNF4αの機能低下が脂肪肝疾患や高脂血症と関連していることが報告されています(7)。
2022年の研究では、HNF4αを活性化する物質を長期投与することで、体重増加と肝脂肪蓄積が予防され、ミトコンドリアの量と機能が増加することが示されました(8)。これは、HNF4αのデトックス機能維持が、代謝性疾患の予防において極めて重要であることを物語っています。
⭐️悪循環の始まり:プーファ、HNF4α、そして慢性病
ここで、完全な因果の連鎖が明らかになります。大豆油、コーン油、ヒマワリ油といった植物油やフィシュオイルを大量に摂取すると、その主成分であるリノール酸やEPA、DHAが体内で過酸化され、4-HNEやMDAという毒素に変わります。
これらの過酸化脂質は、肝臓の解毒システムを統括するHNF4αタンパク質を攻撃し、その機能を破壊します。HNF4αが失活すると、シトクロムP450をはじめとする数百種類の解毒酵素の発現が低下し、私たちは日常的に曝露される毒物を適切に処理できなくなります。蓄積した毒物は持続的な炎症を引き起こし、脂肪肝、肥満、糖尿病、心血管疾患といった慢性病の連鎖を生み出します(6)(9)。

2024年の最新研究では、HNF4αの機能低下は、解毒能力の喪失だけでなく、全身の炎症応答の異常も引き起こすことが判明しています(10)。
私たちが毎日何気なく口にしている加工食品に含まれる植物油やフィッシュオイルのサプリメントは、こうして私たちの肝臓の解毒システムを、目に見えない形で、しかし確実に破壊し続けています。
肝臓の司令官HNF4αが倒れた時、私たちの体は毒物の海に漂う船となり、慢性病という嵐に翻弄され続けるのです。この真実に目を向け、食生活を見直す時が来ています。
糖質、タンパク質および飽和脂肪酸を主体とした、私たちの祖先が食べてきた伝統的な食事への回帰こそが、この現代の食の病から私たちを救い、毒物の解毒を担う肝臓の司令官を守る道なのです。
参考文献
(1) Hwang-Verslues WW, Sladek FM. HNF4α–role in drug metabolism and potential drug target? Curr Opin Pharmacol. 2010, 10(6), 698-705.
(2) Jover R, Bort R, Gómez-Lechón MJ, Castell JV. Cytochrome P450 regulation by hepatocyte nuclear factor 4 in human hepatocytes: a study using adenovirus-mediated antisense targeting. Hepatology. 2001, 33(3), 668-675.
(3) Kamiyama Y, Matsubara T, Yoshinari K, Nagata K, Kamimura H, Yamazoe Y. Role of human hepatocyte nuclear factor 4alpha in the expression of drug-metabolizing enzymes and transporters in human hepatocytes assessed by use of small interfering RNA. Drug Metab Pharmacokinet. 2007, 22(4), 287-298.
(4) Bolotin E, Liao H, Ta TC, Yang C, Hwang-Verslues W, Evans JR, Jiang T, Sladek FM. Integrated approach for the identification of human hepatocyte nuclear factor 4alpha target genes using protein binding microarrays. Hepatology. 2010, 51(2), 642-653.
(5) Zhong W, Zhang W, Li Q, Xie G, Sun Q, Sun X, Tan X, Sun X, Jia W, Zhou Z. Pharmacological activation of aldehyde dehydrogenase 2 reverses alcohol-induced hepatic steatosis and cell death in mice. J Hepatol. 2015, 62(6), 1375-1381.
(6) Peng Y, van Werven J, Takkenberg RB, Ding JH, Schwarze C. Liver-enriched transcription factor expression relates to chronic hepatic failure in humans. Hepatol Commun. 2018, 2(5), 582-594.
(7) Xu Y, Zalzala M, Xu J, Li Y, Yin L, Zhang Y. A metabolic stress-inducible miR-34a-HNF4α pathway regulates lipid and lipoprotein metabolism. Nat Commun. 2015, 6, 7466.
(8) Veeriah V, Lee SH, Levine F. Long-term oral administration of an HNF4α agonist prevents weight gain and hepatic steatosis by promoting increased mitochondrial mass and function. Cell Death Dis. 2022, 13(1), 72.
(9) Rafat A, Hegab DM, Abdel-Aziz HO, ElMashad NM. Roles of PPARα and HNF4α within the emergence of fatty liver disease pathophysiology. Sohag Med J. 2024, 28, 82-90.
(10) Ehle C, Thomas M, Hammer E, Köhling R, Keyvani Chahi A, Stoll M, Vollmar B, Zechner D. Downregulation of HNF4A enables transcriptomic reprogramming during the hepatic acute-phase response. Commun Biol. 2024, 7(1), 588.

















