『糖質制限(高脂肪食)と乳がんの危険な関係』
私たちの体内に蓄積された脂肪が、実はがん細胞の「栄養源」となり、腫瘍の成長を加速させている——このような衝撃的な事実が、再度最新の医学研究によって明らかになりました。
特に治療が困難とされるトリプルネガティブ乳がんにおいて、糖質制限食の代表である高脂肪食や肥満に伴う高脂血症(血液中の脂質濃度が異常に高い状態)が、まるで「がん細胞へのガソリン補給」のように機能していることが最新の研究で再確認されました。
2025年の画期的な研究は、私たちが「健康的」と信じてきたケトジェニックダイエット(高脂肪の糖質制限食)のような食事法が、実は乳がん患者にとって予期せぬ危険をもたらす可能性があることを示唆しています(1)。
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ガン細胞は脂肪中毒である
私たちの体を構成する細胞は、まるで家を建てるように、常に「建材」を必要としています。細胞を作るには脂質(脂肪)が不可欠であり、細胞が分裂して増殖する際には、この建材が大量に必要になります。
通常の健康な細胞であれば、必要最小限の建材で秩序正しく増殖しますが、がん細胞は異なります。
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2タンパク質のいずれも発現していないため、ホルモン療法や分子標的療法が効きにくく、治療選択肢が限られています(2)。
今回の最新の研究では、このトリプルネガティブ乳がんが特に脂質をエネルギー源として依存していることを突き止めました(3)。
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マウス実験が示した驚くべき真実——脂質だけで腫瘍が加速
研究チームは、二つの異なるマウスモデルを用いて実験を行いました。
一つ目のモデルでは、マウスに糖質制限の高脂肪食を与え、肥満状態を作り出しました。
二つ目のモデルでは、遺伝子操作によって高脂血症(血液中の脂質レベルが異常に高い状態)を引き起こしながらも、高血糖や高インスリン血症などの肥満に伴う他の代謝異常は持たないマウスを作成しました(1)。
その結果は驚くべきものでした。
いずれのマウスにおいても、過剰な脂質だけで腫瘍の成長が著しく加速したのです。つまり、肥満に伴う他の代謝異常(高血糖や高インスリン)が存在しなくても、高脂血症だけで乳がんの腫瘍は急速に大きくなることが実証されました(1, 4)。
さらに興味深いことに、研究チームはマウスモデルで脂質レベルを低下させる実験も行いました。すると、たとえ高血糖や高インスリン状態が続いていても、腫瘍の成長は明らかに鈍化したのです(1)。
この結果は、糖質ではなく、脂質こそが腫瘍成長の「主犯格」である可能性を強く示唆しています。
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糖質制限のケトジェニックダイエットの落とし穴
近年、がん患者の間で人気を集めているのが「ケトジェニックダイエット」です。これは、炭水化物を極端に制限し(通常は1日50グラム以下)、代わりに脂肪(現代では安価なプーファ)を大量に摂取する食事法です。
この食事法により、体は「ケトーシス」という飢餓状態に入り、通常のエネルギー源である糖質(グルコース)ではなく、脂肪を分解して生成されるケトン体をエネルギー源として使うようになります。
一部の研究では、ケトジェニックダイエットが減量に効果的であり(5)、がん細胞の成長を抑制する可能性も示唆されていました(6, 7)。しかし、今回の結果を報告したユタ大学の研究チームは、この食事法に重大な警告を発しています。
ケトジェニックダイエットのような高脂肪食は、患者が予期しない深刻な副作用(不整脈、肝臓障害など)を引き起こす可能性があります。最悪の場合、腫瘍の増殖を促進してしまう危険性さえあるのです。
この警告は、特にトリプルネガティブ乳がんのような脂質依存性の高いがんにおいて重要です。減量という目的のためにケトジェニックダイエットを採用しても、その過程で血液中の脂質レベル(遊離脂肪酸、特にプーファ)が上昇すれば、結果的にがん細胞に「栄養補給」してしまうことになりかねません(8)。
実際、トリプルネガティブ乳がん患者を対象とした臨床研究では、血漿中の脂質が正常な対照群と比較して有意に上昇していることが報告されており(9)、高脂質環境ががん進行に関与していることが示唆されています。
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ガンの兵糧攻めは脂肪断ち
今回の研究は、トリプルネガティブ乳がんを中心に行われましたが、その意義はそれにとどまりません。研究チームは、脂質が他の肥満関連がん、例えば卵巣がん、大腸がん、前立腺がん、肝臓がんなどにおいても、腫瘍増殖を促進する可能性があると考えています(1, 11)。
実際、肥満は少なくとも13種類のガンのリスク因子として知られており(12)、その多くで脂質代謝の異常が観察されています。
例えば、大腸がんでは、高脂肪食が腸内環境を変化させ、炎症を促進し、ガン発生リスクを高めることが示されています(13)。また、前立腺がんでは、脂質をエネルギー源としてガンが進行することが報告されています(14)。
拙著等で長年エビデンスをお伝えしてきたとおり、ガンは糖質中毒ではなく、脂肪中毒なのです。ガンの発症・増殖のフェーズでは脂肪をガン細胞内に蓄え、それをエネルギーにして拡大していきます。
糖質制限すると、血糖値をキープするために体内の脂肪が分解されて、血液中にガンのエネルギー源になる脂肪(プーファ)で溢れてしまいます。
したがって、ガンの兵糧攻めをするなら、糖質ではなく、‘脂肪断ちに限ります。
参考文献
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- Liu M, Zhang Q. Regulating cholesterol and lipid metabolism by downregulating proprotein convertase subtilisin/kexin type 9 (PCSK9) in triple-negative breast cancer with hyperlipidemia. American Journal of Cancer Research. 2024; 14:52
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- Khodabakhshi A, Akbari ME, Mirzaei HR, Seyfried TN, et al. Effects of Ketogenic metabolic therapy on patients with breast cancer: A randomized controlled clinical trial. Clinical Nutrition. 2021; 40(3):751-758
- Blücher C, Stadler SC. Obesity and breast cancer: current insights on the role of fatty acids and lipid metabolism in promoting breast cancer growth and progression. Frontiers in Endocrinology. 2017; 8:293
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