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『2つのシナリオがあっても備えは同じ』

『2つのシナリオがあっても備えは同じ』

 

 

いま進行しているエネルギー危機は、私たちの暮らしの細部にまで、静かに、しかし確実に影響し始めています。ガソリン価格の高騰だけではなく、「見えにくいところ」で私たちの日常を支える仕組みがきしみ始めています。

 

 

 

まず、原油を蒸留して得られる「ガソリンの一歩手前の軽い油」──ナフサ──の供給不足が深刻化しています。これは単なる石油製品の一種ではなく、日本のプラスチック、合成繊維、合成ゴムなど、現代社会を形作る素材の“土台”そのものです。このナフサが細り始めたことで、すでにさまざまな製品で品不足や価格上昇が起こり始めています。

 

 

 

ナフサは、石油化学製品のほとんどの出発点となる基礎原料です。その供給が揺らぐということは、日用品、家庭用品、衣類、電子機器といった、生活のあらゆる場面に影響が波及するということを意味します。スーパーの棚に並ぶ商品から、住宅、クルマ、病院の機器に至るまで、じわじわと「目に見える形」で表れてくる段階に入っています。

 

 

 

板金塗装業を営む方から伺った話では、すでに塗料の入荷が細り始めており、「このままいけば仕事が成り立たなくなるのは時間の問題だ」とのことでした。建築業界でも、断熱材をはじめとする建築資材の供給不安が現実味を帯びてきており、「新築はもう難しいのではないか」という声さえ上がっています。先日訪問したプラスチック工場の社長も先行きが不安と話されていました。こうした話は決して大げさな悲観ではなく、現場で起きている“変化の初期症状”と言えるでしょう。

 

 

 

医療の現場でも、同様の懸念がじわりと広がっています。先日のハチミツ療法協会で松尾先生から伺ったところによれば、歯科で局所麻酔薬として日常的に使われているリドカインも、もとはナフサ由来の石油化学製品を出発点とする合成品です。つまり、ナフサの供給が滞るということは、「痛みを取るための最も基本的な薬」ですら、いずれ安定供給が難しくなりかねないということです。そのため一部の歯科医師の間では、「このままでは歯科医院そのものが立ち行かなくなるのではないか」という危機感が、まだ静かではあるものの、確実に広まりつつあります。

 

 

 

もちろん、問題は麻酔薬だけではありません。医療や歯科で使われる点滴バッグ、シリンジ、チューブ、トレー、各種ボトルなど、多くの容器や器具もナフサ由来のプラスチックでできています。これらはすべて「なくなってから初めて、それがどれほど欠かせない存在だったかに気づく」種類のものです。ナフサ不足が本格化すれば、医療資材そのものの不足が、一段と深刻な形で表面化してくることは避けられないでしょう。

 

 

 

では、この原油・天然ガス不足をどう捉えるべきでしょうか。大きく分けて、2つのシナリオが考えられます。

 

 

 

ひとつ目のシナリオは、そもそもイランや湾岸諸国の油田・天然ガス田、あるいは製油所の破壊そのものが「演出」であり、意図的にエネルギー危機を作り出している可能性です。報道の多くは米国発の衛星画像など、限られた情報源に依存しており、その真偽を私たちが直接検証することはできません。したがって、この“破壊”がどこまで現実で、どこからが演出なのかについて、「絶対にフェイクではない」と言い切ることもまたできないわけです。

 

 

 

ふたつ目のシナリオは、米国(英国)がロシアや中国の息の根を止めることを最優先に考え、「米国以外の」世界中の油田・天然ガス田、パイプラインを、本当に物理的に破壊して回っているという見立てです。近年の米国(そして英国)の軍事行動や外交戦略を振り返ると、このシナリオは決して荒唐無稽とは言い難く、むしろ現実味を増していると感じざるを得ません。

 

 

 

私自身は、米英の過去数十年にわたる行動パターンを見ていると、二つ目のシナリオの方が、相対的には高い確率で進行しているのではないかと考えています。しかし、重要なのは「どちらが正しいか」をめぐる神学論争ではありません。

 

 

 

原油などのエネルギー源は、実際にはまだ世界のどこかに豊富に存在しており、「今回も結局はいつものように、価格を吊り上げるための茶番劇なのだ」(シナリオ1)と楽観視する人も少なくありません。確かに、そう考えたくなる気持ちは理解できます。しかし、たとえそうだとしても、あるいはそうでなかったとしても、私たちが直面する「結果」は、ほぼ同じ方向を向きます。

 

 

 

どちらのシナリオであっても、世界経済は「エネルギー・ロックダウン」とも言うべき状態へと向かっていくからです。物理的な破壊による供給能力の喪失であれ、政治的・金融的な操作による供給の“絞り込み”であれ、私たちの手元に届くエネルギーは細り、そこから派生するあらゆる製品の流れも細ります。

 

 

 

むしろ、もし一つ目のシナリオ──危機そのものがかなりの部分「演出」である」という見方──が事実に近いのであれば、私たち一般市民にとっては、二つ目よりも厳しい結果をもたらす可能性さえあります。なぜなら、「実は余裕があるのに、それを意図的に止められている状態」では、危機そのものが長期化しやすく、また情報統制と価格操作の余地が大きいからです。

 

 

 

昨年、「米はあるのに米不足が演出された」一件を覚えておられるでしょうか。倉庫には在庫があるにもかかわらず、「市場」からはモノが消えていく。いつの時代にも、危機が起こると真っ先に動くのは、大企業と富裕層です。大量の資金と情報を持つ彼らは、いち早く買い占めに走り、「あるところにはあるが、一般には回ってこない」という状況を作り出します。

 

 

 

いまもすでに、さまざまな原材料をめぐって静かな買い占めが進んでいることは、多くの業界関係者にとって公然の秘密になりつつあります。この買い占めの動きは、もともとの原料供給不足にさらに拍車をかけ、問題を一層深刻なものにしてしまいます。

 

 

 

日本政府には、表向きには「あと2ヶ月ほどはもつ」とされる原油の備蓄があると言われています。しかし、その前に、民間レベルでの買い占めや輸入途絶の影響によって、さまざまな分野で原材料不足が先行的に顕在化し、特定の産業から順番に経済活動が止まっていく可能性があります。「備蓄が底をつく」時点を待つまでもなく、実質的な経済停止が局所的に、そして連鎖的に起こっていくイメージです。

 

 

 

では、この状況の中で、私たちはどのような心構えで日々を生きればよいのでしょうか。

 

 

 

大切なのは、「世界中に本当は原油などのエネルギー源はまだ十分にある。しかし、その流れは政治的・軍事的な理由で意図的に止められたり、絞られたりしている」という俯瞰的な視点を持ちつつも、同時に「自分の生活圏では、実際にエネルギー不足が引き起こす具体的なトラブルに備える」という、二重の態度を取ることだと思います。

 

 

 

言い換えれば、「本当はあるのに届かない」という理不尽さへの怒りや無力感だけに囚われず、「届かないものは届かない」と一旦受け止めたうえで、その状況下でもできる範囲で備えを進めておく、という現実的で実務的な姿勢です。その方が、精神衛生の面でもずっと健全でいられますし、家族や身近な人たちを守る具体的な行動にもつなげやすくなります。

 

 

2つのシナリオのどちらが真相に近いのかは、今の時点で私たちには断定できません。しかし、いずれにしても「備え」はほとんど同じ方向を向きます。だからこそ、「どのシナリオでも役に立つ備え」を、静かに、着実に整えていきましょう。

 

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