『脂肪の選び方で寿命が変わる?—食事中のプーフがミトコンドリアと老化に与える驚くべき影響』
「老化は避けられない運命だ」と思っていませんか?しかし、私たちの食生活、特に「脂肪の質」が、ミトコンドリアという細胞のエネルギー工場に影響を与え、老化スピードを左右するかもしれないという研究が今、注目を集めています。
今回は、「脂肪の種類」が老化や寿命に与える影響を、マウスの研究などから分かりやすくご紹介します。
【老化とミトコンドリア:鍵を握るのはミトコンドリア内膜の安定】
老化にまつわる理論のひとつに「膜老化理論」があります。拙著『オメガ3の真実』および『オメガ3神話の真実』では、それを発展させた「ミトコンドリア膜老化理論」を提唱しました。これは、細胞膜に含まれるリン脂質の“不飽和度”が高いほど酸化ダメージを受けやすくなり、寿命が短くなるというものです。
特にミトコンドリア膜に組み込まれた多価不飽和脂肪酸(PUFA)であるオメガ3は過酸化されやすく、ミトコンドリア機能を劣化させるため寿命が縮まりますと考えられています。
参考文献
・Membrane fatty acid unsaturation, protection against oxidative stress, and maximum life span: a homeoviscous-longevity adaptation? Ann N Y Acad Sci. 2002;959:475–490.
・Mitochondrial membrane peroxidizability index is inversely related to maximum life span in mammals. J Lipid Res. 1998;39:1989–1994.
・An evolutionary comparative scan for longevity-related oxidative stress resistance mechanisms in homeotherms. Biogerontology. 2011;12:409–435.
・Life and death: metabolic rate, membrane composition, and life span of animals. Physiol Rev. 2007;87:1175–213.
・The links between membrane composition, metabolic rate and lifespan. Comp Biochem Physiol A Mol Integr Physiol. 2008;150:196–203.
・N-3 polyunsaturated fatty acids impair lifespan but have no role for metabolism. Aging Cell. 2007 Feb;6(1):15-25.
【カロリー制限(CR)がもたらす抗老化効果の真実】
栄養失調にならない程度のカロリー制限は、さまざまな生物種で寿命を延ばすことが分かっています。その鍵のひとつが、ミトコンドリア膜へのプーファの組み込みの減少です。
プーファは脂質であり、カロリーが高いため、カロリー制限でプーファ摂取量が減少します。その結果、ミトコンドリア内膜にプーファの組み込みが少なくなるため、寿命が延びるのです。
参考文献
・Effect of chronic food restriction in aging rats. II. Liver cytosolic antioxidants and related enzymes. Mech Ageing Dev. 1989;48:221–230.
・Dietary restriction downregulates free radical and lipid peroxide production: plausible mechanism for elongation of life span. J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo) 2002;48:257–264.
【マウス実験:脂肪の違いが寿命を分ける】
2015年の研究では、C57BL/6Jマウスに対して以下のような異なる脂質源を用いた食事を与え、寿命や細胞レベルの変化を追跡しました:
・大豆油(オメガ6系PUFAが豊富)
・魚油(オメガ3系PUFAが豊富)
・ラード(飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸が豊富)
一般的に流布されている健康情報では、オメガ3脂肪酸を豊富に含む「魚油」は健康に良いとされています。また「ラード」などの動物性脂肪は心臓病などのリスクを高めると考えられてきました。
しかし研究結果は、このような一般的な認識を覆すものでした。カロリー制限条件下において:
ラード > 大豆油 > 魚油 の順に寿命が延長したのです!
参考文献
・The influence of dietary fat source on liver and skeletal muscle mitochondrial modifications and lifespan changes in calorie-restricted mice. Biogerontology. 2015 Apr 10;16(5):655–670.
【ミトコンドリア内膜の質が寿命を決める】
ミトコンドリア内膜は、脂肪酸という「レンガ」が積み重なって作られた壁のようなものだと想像してください。
・飽和脂肪酸(乳製品・肉類(反芻動物)に多い):まっすぐな形をした安定したレンガ。きちんと積み重なり、外部からの攻撃に強い壁を作る。
・一価不飽和脂肪酸(オリーブ油やラードに含まれる):少し曲がりを持つが、比較的安定したレンガ。
・多価不飽和脂肪酸(魚油や植物油に多い):複数の曲がりを持つ不安定なレンガ。隙間ができやすく、酸化攻撃を受けやすい。
【ミトコンドリア — 寿命のカギを握るエネルギー発電所】
ミトコンドリアは細胞内のエネルギー発電所です。このミトコンドリアの機能が加齢とともに低下することが、老化のプロセスに密接に関わっています。
今回の研究では、ラードを摂取したマウスでは、ミトコンドリアの構造、ROS(活性酸素種)の生成、脂質過酸化、さらにはアポトーシス(細胞死)シグナルまで、有利な方向へ変化していました。
【プーファの意外な落とし穴】
魚油などに豊富なオメガ3プーファは抗炎症作用(本当は抗炎症ではなく、免疫抑制)と喧伝され、注目されがちですが、ミトコンドリア膜に取り込まれると過酸化ストレスの原因になります。
特にカロリー制限下では、すでに酸化ストレスが抑えられているため、PUFAの追加摂取はかえって寿命にマイナスになる可能性があるのです。
【老化は「膜の質」で変えられる?】
バターなどの乳製品では飽和脂肪酸リッチのため、ラードよりもミトコンドリア内膜を安定させ、寿命延長に貢献することが容易に理解できると思います。
つまり、脂肪の種類を変えるだけで、細胞レベルでの老化のスピードを変えられる可能性があるのです。
これらの基礎的な研究は、長寿と食事の関係について新たな視点を提供します。私たちが長く心身が健康な状態で生きるためには、単にカロリーを減らす必要はなく、プーファの摂取量に留意する必要があります。