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「植物・冷水魚の油とヒトとは相性が悪い?─プーファがミトコンドリアに潜む“静かな敵」

私たちの身体の中には、エネルギー工場と呼ばれる「ミトコンドリア」という小さな構造があります。ここでは、私たちが食べた栄養や太陽光からエネルギーが水に蓄積され、生命活動を支えています。しかし、そんなミトコンドリアにとって、実は“ある種の脂”が大きな脅威になっているという研究があります。

その脂とは、「多価不飽和脂肪酸(PUFA、プーファ)」です。

 

健康に良いとされ、魚油や植物油に多く含まれるこの脂肪酸)(プーファ)が、実は哺乳類の細胞、特にミトコンドリアにとって“異物”のような存在というエビデンスをご存知でしょうか?

例えるなら、PUFAは「植物油や魚油の部品」で作られたオイル。これを「陸上動物のエンジン」であるミトコンドリアに使おうとすると、噛み合わせが悪くなってしまうのです。

ミトコンドリアの「要」の脂=カルディオリピンが壊れる

ミトコンドリアの中でも特に重要な脂質に、「カルディオリピン(CL)」というものがあります。これはちょうど、エンジンの潤滑油のようなもので、細胞が効率よくエネルギーを生み出すのに欠かせません。

この「カルディオリピン(CL)」の構造と働きが、プーファ(PUFA)の影響で壊されてしまいます。

最新の研究では、人間の細胞に植物由来のPUFAを与えると何が起きるかを調査しました。その結果は衝撃的なものでした。

リノール酸(植物油に多く含まれるオメガ6脂肪酸)を与えると、カルディオリピンの構造が変化し始めました。さらに不飽和度の高いα-リノレン酸(オメガ3脂肪酸の一種)を与えると、カルディオリピンの構造は大きく乱れ、ミトコンドリアは断片化し始めたのです。

 

さらに重要なのは、この影響が脂肪酸の「不飽和度」、つまり構造の不安定さに比例していたこと。より酸化しやすい構造を持つオメガ3のほうが、オメガ6よりも強くCLを破壊したのです。

これはまるで、精密に設計された時計の歯車に砂を入れるようなもの。
歯車同士の噛み合わせが悪くなり、時計の動きが不規則になり、やがて止まってしまうでしょう。

同様に、PUFAで乱されたミトコンドリアは、熱・エネルギー生産効率が大幅に低下し、細胞の機能不全を引き起こすのです。

代謝の低下と病気のリスク

CLの異常は、単にエネルギー効率が落ちるだけではありません。がんや心臓病、パーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など、さまざまな深刻な病気との関連が示されています。

これはまるで、エンジンのオイルが劣化したせいで、車のあちこちが壊れていくようなものです。エネルギーを作る場所が壊れれば、当然身体の各部も正常に機能しなくなります。

 

興味深いのは、飽和脂肪酸(SFA)や一価不飽和脂肪酸(MUFA)といった“シンプルな脂”を使うと、ミトコンドリアは安定し、エネルギー産生能力も若返るように回復したことです。

研究では、水素化脂質(プーファに人工的に水素を添加して飽和脂肪酸にしたもの)や抗酸化物質を用いた場合、代謝が若い時のように活発になるという結果も得られました。

植物の脂は、なぜ動物と相容れないのか?

この不一致は、そもそも「進化の設計思想」が異なるからかもしれません。植物は環境の変化に対応するため、多価不飽和脂肪酸(PUFA)を多く含む不安定な膜構造を進化させました。一方、哺乳類は安定性を重視した、より飽和度の高い脂質構造を持つように進化したのです。

つまり、「植物や冷水魚が使う脂を、動物の細胞に無理に押し込んでもうまくいかない」というのは、まるで木造の家に鉄筋コンクリート用のネジを使って家を建てようとするようなもの。材料がそもそも違えば、構造も壊れてしまいます。

あるいは、異なるOSを持つコンピューターに例えるなら、WindowsのソフトウェアをMacに無理やりインストールしようとするようなものです。基本設計が違うため、互換性の問題が発生し、システム全体が不安定になってしまうのです。

実際に、植物由来の脂を哺乳類の細胞に入れると、ミトコンドリア膜の構造の変形、タンパク質の動きや安定性が崩れていくこともわかってきました。

 

見直すべきは「善玉脂」の常識

これまで「体にいい脂」と喧伝されてきたプーファ(PUFA)。けれどその善玉イメージの裏側に、私たちの細胞の“静かな崩壊”が隠れているとしたらどうでしょうか?

私たちの祖先は何万年もの間、主に動物性の飽和脂肪と一価不飽和脂肪を摂取してきました。これに対し、大量の植物油の摂取は、ここ100年ほどの極めて新しい現象です。言わば、私たちは大規模な「栄養実験」の真っ只中にいるのです。

「植物(オメガ6)や冷水魚(オメガ3)の脂を動物が毎日摂っても問題ない」という前提には、今こそ再考が必要です。

体に入れる「油」は、単なるカロリーではなく、細胞という精密機械の部品そのもの。どんな脂を選ぶかは、エンジンのオイルを選ぶようなもの──間違えれば、取り返しのつかない故障を招くかもしれません。

参考文献
・Kingdom-specific lipid unsaturation calibrates sequence evolution in membrane arm subunits of eukaryotic respiratory complexes. Nat Commun. 2025 Feb 27;16(1):2044.

 

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