『高糖質食が高齢期若返りの秘訣』
—原始人食が4週間で「体内時計」を巻き戻す—
私たちの体には、生まれてからの年月を刻む「時計」とはまったく別に、細胞や血管、代謝がどれだけ元気に働いているかを映し出すもう一つの「体内時計」が備わっています。カレンダー上の年齢は誰にとっても平等に進みますが、この生物学的年齢とも呼ばれるもう一つの時計は、生活のあり方によって速く進むことも、逆にゆるやかに戻ることさえあります。YouTube動画での近日中にアップする老化と加齢の違いです。
オーストラリアのシドニー大学から発表された最新の研究は、その針を、たった4週間の食事の切り替えだけで巻き戻せる可能性を示し、しかもその主役が「高糖質・低脂質・控えめタンパク質」という、私が提唱している原始人食のパターンでした[1]。
この研究は、シドニー大学生命環境科学スクールの若手研究者であるアンドリュース(Andrews)博士が中心となり、学術誌Aging Cell上で報告されたものです。対象となったのは、65歳から75歳のオーストラリア人104人。全員が非喫煙者で、糖尿病やがん、腎疾患・肝疾患などの重い病気を持たず、BMIも20から35の範囲にありました。参加者は4種類の食事のいずれかにランダムに割り当てられ、4週間だけその原始人症の食事に切り替えて過ごすというシンプルな設計です。
4種類の食事は、大きな枠組みとしてはどれも「タンパク質はエネルギーの14パーセント」に揃えられていました。ちょうど食卓の設計図の中で、タンパク質の柱の太さだけを一定にしたうえで、屋根の素材や壁の色を4通りに描き分けたようなイメージです。2つは動物性と植物性のタンパク質を半々にした雑食型、残る2つは植物性を70パーセントに引き上げた半ベジタリアン型。そのそれぞれをさらに「脂質高め・糖質少なめ」と「脂質少なめ・糖質高め」に振り分けることで、雑食高脂質、雑食高糖質、半ベジタリアン高脂質、半ベジタリアン高糖質という4つの食卓が設計されました。
生物学的年齢を測るためのモノサシとして研究チームが用いたのは、血中のコレステロールやインスリン、そして炎症の程度を表すC反応性タンパク(CRP)など、20種類にわたるバイオマーカーの組み合わせです。これらの数値をひとまとめに解析し、体全体の「くたびれ具合」を数字に変換するアルゴリズム、いわゆるクレメラ・ドウバル法(Klemera-Doubal Method、KDM)に近い手法によって、参加者一人ひとりの生物学的年齢が算出されました。
この算出法は、2013年に報告された研究以来、暦の上の年齢よりも死亡リスクをよく反映する指標として国際的に評価されてきたものです[2]。血液という「体からの手紙」を丁寧に読み解けば、その人の内側の年齢が浮かび上がってくる、という発想です[3]。
4週間後の結果は、実に劇的な明暗を分けるものでした。もっとも普段の食生活に近い雑食高脂質グループ、つまり脂質をたっぷりと摂り、動物性タンパク質を多く含む「いかにも現代人らしい食卓」を続けたグループでは、生物学的年齢の推定値にほとんど変化がありませんでした。ちょうど、いつもと同じ道をいつも通り歩いた人の万歩計が、いつも通りの数字を示したような結果です。
ところが、脂質を控えめにして糖質を主役に据えた3つのグループでは、いずれも生物学的年齢の推定値が確かに下がる方向に動いたのです。とりわけ統計的にもっとも力強く、明快に若返りのシグナルを示したのは、タンパク質14パーセント、脂質28〜29パーセント、そして糖質53パーセントで組み立てられた「雑食高糖質」グループでした。動物性食品を無理に外さなくても、脂質を控え、良質な糖質を食卓の中心に据えるだけ、つまり原始人食で、体内時計は巻き戻り始める——今回の研究がもっとも強く指し示したのは、まさにこの一点です。
この結論は、「脂質こそが長寿の鍵で、糖質は避けるべき悪玉」といったここ十数年流行してきた糖質制限(低糖質・高脂質)思想に、真正面から一石を投じるものです。糖質を敵視して脂質と動物性タンパク質を積み増す食スタイルは、今回の実験ではもっとも変化に乏しいグループ、つまり体内時計の針が止まったままのグループに対応していたからです。逆に糖質を主役に据えた高糖質食は、体内で静かに、しかし確実に若返りの歯車を回し始めたことになります。
この方向性は、栄養科学の世界でここ十数年にわたり積み上げられてきた知見と美しく響き合います。2014年にCell Metabolism誌で発表されたマウス実験では、総カロリーではなく「タンパク質と糖質の比率」こそが寿命と代謝の健康を左右することが示され、低タンパク・高糖質の食餌を与えられた個体がもっとも長寿となりました[4]。
2019年のレビュー論文でも、タンパク質摂取の過剰、とくに動物性タンパク質の摂りすぎがmTORやIGF-1といった老化を加速するスイッチを押し続け、逆に控えめなタンパク質摂取がそのスイッチをやさしくオフにする可能性が繰り返し指摘されています[5]。
同じく2019年のmTORに関する総説は、この栄養センサーが暴走すると細胞のオートファジー(掃除機能)が働きにくくなり、老化細胞がたまりやすくなることを明快に描き出しています[6]。今回のシドニー大学の研究は、こうしたマウスや細胞レベルで見えていた地図を、人間、しかも高齢者という現実の風景の中で描き直し、しかも原始人食の「高糖質・低脂質」という具体的な道筋を人体で描き出した先駆的な試みと言えるでしょう。

注目すべきは、生物学的年齢の推定に組み込まれたバイオマーカーの一つ、CRPの動きです。CRPは体内でくすぶる慢性炎症、いわば「見えないボヤ」の煙探知機のような存在で、2019年に報告された高齢者の十年追跡研究では、CRPが上昇し続けた人ほど、フレイルや認知機能低下といった老化にまつわる悪い結果が積み重なることが確認されています[7]。
2026年の総説でも、CRPは急性の感染症だけでなく、老化そのものを映し出す静かなシグナルとして再評価されつつあります[8]。今回、脂質を控え糖質を厚くした食事が20のバイオマーカーの並び方を「若い側」へずらしたということは、体の奥で燻っていた炎症の炎が、食卓から余分な脂質(プーファ)を引き算しただけで小さくなり始めたことを意味していると解釈できます。
もちろん、この結果を「食べ物さえ変えれば時計を巻き戻せる」と単純に読み替えるのは早すぎるという慎重論も添えられています。研究を監督したシドニー大学生命環境科学スクールおよびチャールズ・パーキンス・センターのシニア(Senior)准教授自身が、「食事の変化が加齢関連疾患のリスクをほんとうに変えるかを見極めるには、より長期の観察が必要である」と述べていますし、アンドリュース(Andrews)博士も、「特定の食事の変更が寿命を延ばすと断言するには時期尚早だが、人生後半における食の選択が持つ潜在的な恩恵を早期に示すシグナルにはなる」とコメントしています。今後の課題としては、この若返りシグナルが持続するのか、他の年齢層や民族集団にも当てはまるのか、そして長期的な予後を本当に予測できるのかが挙げられます。
それでもこの研究は、私たちに一つの明確な希望を差し出しています。生物学的年齢は、遺伝という石版に刻まれた宿命ではなく、むしろ日々の食事という筆で書き足されていく、書き換え可能な物語かもしれない——その仮説を、たった4週間の実験が力強く示唆したからです。
2015年にCell誌で発表されたレビューは、適切な栄養が加齢関連疾患のリスクを抑え、健康寿命を延ばしうることをすでに広範に論じていました[9]。今回のシドニー大学の成果は、その大きな流れに原始人食の「高糖質・低脂質・控えめタンパク質」という具体的な処方箋を書き加えた実験的な追い風と言えます。
「歳を取ったら肉と脂で体力を保つべき」という常識を横に置き、フルーツ、蜂蜜、メープルシロップやショ糖などの自然の甘味料といった糖質を食卓の主役に据え直したとき、老いは避けがたい下り坂ではなく、日々の選択で角度を変えられる「調整可能な傾き」へと姿を変える。今回のシドニー大学の研究は、その未来を私たちの目の前に、はっきりと開いてくれています。
参考文献
- Andrews CJ, Ribeiro RV, Gosby A, Le Couteur DG, Raubenheimer D, Tan J, Simpson SJ, Senior AM. Short-Term Dietary Intervention Alters Physiological Profiles Relevant to Ageing. Aging Cell. 2026;25(5):e70507. doi:10.1111/acel.70507. PMID: 42037549.
- Levine ME. Modeling the rate of senescence: can estimated biological age predict mortality more accurately than chronological age? J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2013;68(6):667-674. PMID: 23213031.
- Kwon D, Belsky DW. A toolkit for quantification of biological age from blood chemistry and organ function test data: BioAge. GeroScience. 2021;43(6):2795-2808. PMID: 34725754.
- Solon-Biet SM, McMahon AC, Ballard JW, Ruohonen K, Wu LE, Cogger VC, Warren A, Huang X, Pichaud N, Melvin RG, Gokarn R, Khalil M, Turner N, Cooney GJ, Sinclair DA, Raubenheimer D, Le Couteur DG, Simpson SJ. The ratio of macronutrients, not caloric intake, dictates cardiometabolic health, aging, and longevity in ad libitum-fed mice. Cell Metab. 2014;19(3):418-430. PMID: 24606899.
- Kitada M, Ogura Y, Monno I, Koya D. The impact of dietary protein intake on longevity and metabolic health. EBioMedicine. 2019;43:632-640. PMID: 31126892.
- Papadopoli D, Boulay K, Kazak L, Pollak M, Mallette FA, Topisirovic I, Hulea L. mTOR as a central regulator of lifespan and aging. F1000Res. 2019;8:F1000 Faculty Rev-998. PMID: 31316753.
- Lassale C, Batty GD, Steptoe A, Cadar D, Akbaraly TN, Kivimäki M, Zaninotto P. Association of 10-Year C-Reactive Protein Trajectories With Markers of Healthy Aging: Findings From the English Longitudinal Study of Aging. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2019;74(2):195-203. PMID: 29688289.
- Nagasawa M, et al. CRP (C-Reactive Protein) Revisited: An Old Yet New Biomarker of Inflammation and Aging. Cells. 2026;15(11):998. doi:10.3390/cells15110998.
- Fontana L, Partridge L. Promoting health and longevity through diet: from model organisms to humans. Cell. 2015;161(1):106-118. PMID: 25815989.

















