『医学界を震撼させた氷の下を泳いでも死なない男』
もし氷点下の湖に飛び込んだら、人間は1分と持たず生命を落とすのが医学常識です。
しかし、その“常識”を覆す男が実在しました。名を ヴィム・ホフ(Wim Hof)。人呼んで「アイスマン」。
⭐️氷に覆われた湖で15分間も泳ぎ続けた
2011年10月、BBCのドキュメンタリーが世界中に衝撃を与えました。アイスランドの氷に覆われた湖で、一人の男性が信じられない光景を繰り広げたのです。湖の水温は0度をわずかに上回る程度——ナレーターが「ほとんどの人間を1分で死に至らせる」と説明する過酷な環境でした。
しかし、この男は死ななかった。それどころか、15分間も落ち着いて泳ぎ回ったのです。
⭐️「アイスマン」ウィム・ホフという異端児
彼の常人離れした偉業は、氷の湖での遊泳だけにとどまりません。
・雪降るフルマラソンを上半身裸で完走
・灼熱の砂漠でハーフマラソンを水分補給なしで走破
・エベレストをショートパンツ一枚で登頂
・1時間15分、氷漬けになったまま座り続ける
・氷の下を息継ぎなしで数十メートル泳ぐ
これらの偉業を見れば、誰もが「頭がどうかしているのでは?」と思うでしょう。しかし、ウィム・ホフは単なる「変人」ではありませんでした。彼には明確な理論と方法論があったのです。
彼は自身の成果について、こう説明しています:「自分の成した偉業の80パーセントは呼吸エクササイズのおかげだ」。
呼吸——私たちが無意識に行っている、この当たり前すぎる行為に、想像もできないほどの力が秘められていたというのです。
⭐️科学者たちを驚愕させた実験結果
2011年、ナイメーヘンのラドバウド大学医療センターで、ウィム・ホフの免疫システムコントロール能力を確かめるため、エンドトキシンという強力な毒素を彼(当時52歳)に注射しました。
エンドトキシン(内毒素)は、特定の細菌の細胞壁に存在する毒素で、私たちの免疫システムは何百万年もの間、この毒に反射的に強い炎症を引き起こするよう「プログラミング」されています。
対照群として選ばれた12人の被験者は、注射後すぐにインフルエンザと同じ症状——発熱、震え、頭痛——を示しました(インフルエンザと呼ばれる感染症の原因は、ウイルスでなく、エンドトキシンである。拙著『ウイルスは存在しない』参照)。
これは完全に予想通りの、人間として当然の反応でした。
ところが、ウィム・ホフだけは違いました。彼は「呼吸エクササイズ」を実践することで、まったく病気の兆候を示さなかったのです。研究者たちは文字通り息を呑みました。彼の身体は明らかに、エンドトキシン毒を安全に処理できていたのです。
⭐️驚きの血液検査結果
血液検査の結果は、さらに驚くべきものでした。
・交感神経系の活動量が異常に高い
・アドレナリン値が注射前より上昇
・炎症性タンパク質が対照群よりもはるかに少ない
・ストレス反応ホルモン(コルチゾール)の値が急速に正常化
この結果は、老化に伴って交感神経の機能が低下し、副交感神経優位となる事実を裏付けています。
ウィム・ホフは、副交感神経優位の状態から交感神経側へと自律神経のバランスを中立に戻したのです。
⭐️誰でもウィム・ホフになれる
しかし、科学の世界では「一個人の症例」だけでは証明になりません。「ウィム・ホフという特異体質の人間だけができる芸当」である可能性を排除する必要がありました。
そこで2013年、研究チームは決定的な追試実験を実施しました。今度は24人の若く健康な男性ボランティアを無作為に2つのグループに分けたのです。
・実験群12人:ウィム・ホフ・メソッドを1週間実践
・対照群12人:何も特別な訓練を受けない
その後、全員にエンドトキシンを注射しました。
結果は劇的でした。対照群の多くが発熱や体調不良を起こしたのに対し、ウィム・ホフ・メソッドを実践した12人は全員が発熱も倦怠感もなく、健康なままだったのです。
この実験を率いたラドバウド大学医療センターのペーター・ピッカーズ教授は、当初懐疑的でした。しかし結果を目の当たりにして、ついにこう認めざるを得ませんでした。
「人間が能動的・意識的に免疫機構をコントロールできるという例は、ほかにありません」
⭐️ウィム・ホフの呼吸メソッド
ウィム・ホフの呼吸法は、意図的な過換気と息止めを組み合わせた独特の技法です。この呼吸パターンにより、交感神経系が強力に活性化することで覚醒し、血液中の二酸化炭素濃度を高めることができます。
過換気では、血液中の二酸化炭素濃度は低下しますが、その後の息止めを長くすることができます。このことで、結果的に血液中の二酸化炭素濃度を高めることができるのです。その結果、細胞のミトコンドリアに酸素を効率よく届けることができます(11月出版予定のCO2本に詳述しています)。
この呼吸は、実は私もヨガで習い実践していました。ただし、ウィム・ホフは呼気を口から吐くので、私はあまり彼の呼吸法をお勧めしません。あくまでも吸気・呼気は鼻で行うのがベストです(これも10月出版予定のエーテル共鳴本に詳述しています)。
この呼吸法に慣れてきたら冷たいシャワーやアイスバスと組み合わせてみる段階的寒冷曝露(コールド・トレーニング)を組み合わせるようです。
⭐️呼吸は、身体と魂をつなぐもの
この発見は、単なる「氷風呂耐久ゲーム」の話では終わりません。
慢性炎症や自己免疫疾患に苦しむ人々にとって、「自ら免疫を調整できる可能性」が開かれたことを意味します。
現在の自己免疫疾患治療は、ステロイド、免疫抑制剤や生物学的製剤など高価で副作用のリスクを伴う薬物療法が中心です。
しかし、ウィム・ホフ・メソッドが示した「自然な免疫調節能力」が実用化されれば、治療の選択肢は大幅に広がるでしょう。
参考文献
・Kox, M., van Eijk, L. T., Zwaag, J., van den Wildenberg, J., Sweep, F. C., van der Hoeven, J. G., & Pickkers, P. (2014). Voluntary activation of the sympathetic nervous system and attenuation of the innate immune response in humans. Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(20), 7379–7384.
・Muzik, O., Reilly, K. T., Diwadkar, V. A. (2018). “Brain over body” – A study on the willful regulation of autonomic function during cold exposure. NeuroImage, 172, 632–641.
・The role of age-associated autonomic dysfunction in inflammation and endothelial dysfunction. GeroScience. 2022 Jun 30;44(6):2655–2670.
・Autonomic nervous system imbalance during aging contributes to impair endogenous anti-inflammaging strategies. GeroScience. 2023 Oct 11;46(1):113–127.