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『母親のプラスチック暴露と子供の運命』

『母親のプラスチック暴露と子供の運命』

プラスチックを柔らかく、しなやかにするために加えられた成分が、体内に入ると、ホルモンの働きにも干渉する――。そのような性質が研究されている物質の一つが、フタル酸(DEHP)です。

フタル酸(DEHP)を含むプラスチック製品から周囲へ移った成分は、食品や室内のほこりなどを通じて体内に取り込まれます。医療用チューブなども曝露源になります。ただし、すべてのプラスチック製品にDEHPが含まれているわけではありません(1)。

この物質について注目したいのは、単に「大量に取り込むと細胞を傷つける」という毒性だけではありません。その強いエストロゲン作用です(2)。

 

⭐️細胞を壊すだけでなく、「増えなさい」という合図を送る

フタル酸(DEHP)のエストロゲン様作用を考えるうえで重要なのが、2014年に報告された、ヒト乳がん由来のMCF-7細胞を用いた実験です。この研究では、DEHPを加えると、10⁻⁸〜10⁻⁶ mol/Lという培養液中の濃度域で、細胞の増殖が促されました。同時に、細胞の増殖や生存に関わる情報伝達経路の変化も認められました(2)。

つまり、この実験で起きたのは、細胞が毒物で傷ついて弱るという反応だけではありません。エストロゲンへの応答と関係する仕組みが変わり、むしろ細胞が増殖する方向へ動いたのです。

 

⭐️エストロゲンのシグナルを遮断すると、DEHPの影響が軽くなる

2015年に報告された、マウスの出生直後の卵巣を調べた研究があります。この時期の卵巣では、まとまって存在する卵細胞が分かれ、それぞれが周囲の細胞に包まれて、将来の卵胞のもとになる構造をつくります。DEHPへの曝露は、この発達過程を妨げました(4)。

さらに研究者は、培養した卵巣に、エストロゲンのシグナルを遮断する薬剤を加えました。すると、DEHPによって妨げられていた、卵細胞の集まりが分かれる過程が改善したのです(4)。

この結果は、少なくともこの実験系では、DEHPの作用の一部がエストロゲンのシグナルを通じて起きていることを証明しています。

 

⭐️脳内の「エストロゲン製造装置」にも影響する

男性ホルモンをエストロゲンへ変換する酵素に、「アロマターゼ」があります。脳にも存在するこの酵素は、脳内のエストロゲン濃度を調整するうえで重要です。つまり、エストロゲンの問題は、卵巣や女性だけの話ではありません(6)。

2006年のラット研究では、妊娠中から授乳期まで母親にDEHPを与え、仔の脳のアロマターゼ活性を調べました。生後1日の雄では、一部の低用量で活性が低下し、一部の高用量では逆に上昇しました。ところが、生後22日になると反応の現れ方が変わり、雌では多くの投与量で活性の上昇が認められました(6)。

ここに、DEHPのエストロゲン関連作用の複雑さがあります。

「量が増えるほど、同じ作用が強くなる」という単純な関係ではありませんが、投与量、性別、発達時期によって、エストロゲンをつくる酵素の反応に影響を与えたことが示されました。

⭐️発達期の曝露は、成長後の脳にも関わる

2015年のマウス研究では、母親に妊娠7日目から仔の生後21日目までDEHPを与え、その後の仔の行動と脳の状態を調べました。すると、不安様・うつ様の行動指標にも変化が報告されています。(7)。

 

この問題を、人の出生前曝露と子どもの発達という視点から検討したのが、2026年9月に『Med』で公表された母子研究です(8)。

この研究では、妊娠中のDEHPへの曝露が、赤ちゃんの細胞の働きを調節する仕組みに影響し、それを介して幼児期の自閉症・ADHDに関連する症状を増やす可能性があることが示されました。

DEHPをめぐる研究が問いかけているのは、母親のプラスチックへの暴露が生まれてくる子供たちに悪影響を与えるという重たい事実です。プラスチックの便利さを考えるとき、その成分が体内でどのように働くのかまで、目を向ける必要があります。

参考文献

(1)Agency for Toxic Substances and Disease Registry. Di(2-ethylhexyl)phthalate (DEHP): ToxFAQs. 2022.

(2)Chen FP, Chien MH. Lower concentrations of phthalates induce proliferation in human breast cancer cells. Climacteric. 2014;17(4):377-384. doi:10.3109/13697137.2013.865720.

(3)Harris CA, Henttu P, Parker MG, Sumpter JP. The estrogenic activity of phthalate esters in vitro. Environ Health Perspect. 1997;105(8):802-811. doi:10.1289/ehp.97105802.

(4)Mu X, Liao X, Chen X, et al. DEHP exposure impairs mouse oocyte cyst breakdown and primordial follicle assembly through estrogen receptor-dependent and independent mechanisms. J Hazard Mater. 2015;298:232-240. doi:10.1016/j.jhazmat.2015.05.052.

(5)Pérez PA, Toledo J, Del Valle Sosa L, et al. The phthalate DEHP modulates the estrogen receptors α and β increasing lactotroph cell population in female pituitary glands. Chemosphere. 2020;258:127304. doi:10.1016/j.chemosphere.2020.127304.

(6)Andrade AJM, Grande SW, Talsness CE, Grote K, Chahoud I. A dose-response study following in utero and lactational exposure to di-(2-ethylhexyl)-phthalate (DEHP): non-monotonic dose-response and low dose effects on rat brain aromatase activity. Toxicology. 2006;227(3):185-192. doi:10.1016/j.tox.2006.07.022.

(7)Xu X, Yang Y, Wang R, Wang Y, Ruan Q, Lu Y. Perinatal exposure to di-(2-ethylhexyl) phthalate affects anxiety- and depression-like behaviors in mice. Chemosphere. 2015;124:22-31. doi:10.1016/j.chemosphere.2014.10.056.

(8)Tanner S, Eisner A, Novakovic B, et al. Prenatal exposure to the plasticizer DEHP increases the likelihood of early-life autism and ADHD symptoms through epigenetic programming. Med. Published online September 11, 2026. doi:10.1016/j.medj.2026.101291.

 

 

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