『ホルムズ海峡を閉鎖したいのはトランプである』
2026年4月、トランプ大統領が「米国はかなり早くホルムズ海峡を開く」と語った数日後、今度は米海軍がホルムズ海峡を封鎖し、イランに通航料を払った船を止める方針まで打ち出したと報じられました[1][2]。つまりこれは、扉を壊して自由通行にする話ではなく、料金所の持ち主をテヘランからワシントンへ差し替える話なのです。

ここで重要なのは、「閉鎖」という言葉の意味です。ふつう私たちは、海峡閉鎖と聞くと「船が通れなくなる」場面を思い浮かべます。けれども現実の覇権は、必ずしも鎖で海を塞ぐことだけでは成立しません。もっと洗練された支配は、「通ってよいが、誰の許可で通るのかを変える」ことで成立します。
高速道路で言えば、道路そのものは残っていても、料金所、監視カメラ、警備会社、通行ルールのすべてを別の主体が握れば、道路は事実上その主体のものになります。今回のホルムズ海峡をめぐる米国の構えは、まさにその「逆向きの閉鎖」です。見た目は再開でも、実態は管理権の横取りです。
それがなぜ世界全体を揺らすのかと言えば、ホルムズ海峡は単なる海の細道ではなく、世界経済の「喉元」だからです。米国エネルギー情報局は、2024年にホルムズ海峡を通過した石油が日量2000万バレル、世界の石油液体燃料消費の約20%に相当し、さらに世界のLNG取引の約20%もこの海峡を通ったと整理しています[3][4]。ロイターの解説でも、ホルムズ海峡は世界の原油とLNGのおよそ5分の1が流れる最重要のチョークポイントとして扱われています[15]。

ホルムズ海峡がそういう場所だからこそ、「そこを誰が開くか」ではなく、「誰が開閉権を持つか」が、覇権そのものになるのです。
ここで重要な視点は、米国はもはや、昔のように「中東で石油が止まれば自分も苦しい国」ではなくなったことです。米国エネルギー情報局によれば、米国は2024年も世界最大のLNG輸出国であり[12]、しかもホルムズ海峡経由で米国に入るペルシャ湾産原油は、米国の石油液体燃料消費の約2%にすぎません[3]。ホルムズ海峡の緊張が深まるほど、欧州やアジアは苦しくなり、米国は「供給者」「護衛者」「決済の中心」という三つの顔を同時に持てるようになります[3][12]。
この構図をさらに分かりやすくするのが、欧州の変化です。欧州委員会のテレサ・リベラ(Teresa Ribera)氏は2026年1月、EUが米国産LNGへの依存を大きく深めていると警告しました。米国産LNGは2025年のEU輸入の58%を占め、2021年の4倍に達したとされています[5]。さらに2026年1月のEUのLNG輸入に占める米国の比率は60%に上昇し、今後は65%前後まで高まる可能性が示されました[6]。
つまり、ウクライナ紛争によって、ヨーロッパはエネルギーを「ロシア依存からの離脱が、そのまま米国依存への転換にさせられた」ということになります。
2026年4月、米国のLNG輸出が記録的水準に達したと報じ、その商業モデルが「仕向け地を柔軟に変えられる貨物」に依拠していると説明しました[11]。つまり、米国のLNGはパイプラインのように固定された血管ではなく、値段の高い方向へ舵を切れる「移動式のガス」です。海の上を走るタクシーのように、客が途中で変わっても目的地を変えられるわけです。
しかも、カタールの供給が止まっても米国のLNG生産者にはすぐに穴埋めできるだけの大きな余力はなく、米国の設備もほぼフル稼働だとされています[13]。ここが非常に重要です。支配は、必ずしも「十分な代替供給を持つこと」から生まれるのではありません。むしろ「足りない市場で、最後に値札をつける権利を持つこと」から生まれます。品薄のコンビニで、棚を満杯にするより、残り3本の水に値札を貼るほうが強い局面があるのです[11][13]。
昔の帝国は港や運河を占領しましたが、現代の支配は、保険料、護衛、制裁、臨検、決済通貨、積み替え先の価格差までを一つの仕組みにまとめてしまいます。海賊が入り口で待ち伏せする時代から、保安会社が出入口を管理し、通行証と料金体系まで独占する時代へ進んだのだ、と言ってもよいかもしれません。
欧州企業の一部が、米国産LNGが「中立的な商品」ではなく「地政学的な道具」になり得ることを恐れ、ロシア産ガスの一部回帰すら口にし始めたと伝えられました[14]。つまり欧州は、ロシア依存から逃れたつもりで、今度は「米国がエネルギーを交渉カードにするかもしれない」という別の不安に直面しているのです。それも倍以上のコストを支払わせられての隷属です。
結局のところ、トランプ大統領の「ホルムズ海峡を開く」という宣言を、素直に「航路正常化」とだけ読むと、全体像を見失います。これは「海峡を自由にする」というより、「海峡のスイッチを米国の配電盤へ移す」という動きです。電気は流れているのに、ブレーカーは別室にある。水は出ているのに、元栓は他人の家にある。海峡も同じです。船が動いているかどうかより、誰が止められるか、誰が保険料を上げられるか、誰が護衛を売れるか、誰の通貨で最終決済するのか、その一連の権限を誰が握るのかが本質です。そう考えると、「逆向きの閉鎖」とは実に正確な言い方です。海は開いて見えても、世界経済の喉はなお締められたままだからです。
この意味で、ホルムズ海峡の問題は、ガソリン代、電気代、食料価格、物流費、工場立地、通貨の強弱、そのすべてに直結する「世界の体温計」を誰が持つかという話です。戦争の煙の向こうで本当に動いているのは、ミサイルだけではありません。価格表であり、海上保険であり、LNG船の進路であり、そして最後には、誰が世界のエネルギーの元栓を握るのかという構図そのものなのです。
また日本もさらに米国産のエネルギーを現在の数十倍の値段で支払わされる形でエネルギー・ロックダウンへ移行していくでしょう。日本政府がエネルギー供給先について、まったく無策に見えるのは、すでにトランプによってこのことを命令されているからです。

現在進行しているのは、ウクライナ紛争およびイラン侵攻による欧州・アジアのエネルギー危機であり、それを米国依存に振り向け、永久に隷属させるというエネルギー支配です。そしてBIRCS、とりわけ中国を最終ターゲットとしています。
参考文献
[1] Trump says US will have Strait of Hormuz “open fairly soon”. Reuters. 2026 Apr 10.
https://www.reuters.com/business/energy/trump-says-us-will-have-strait-hormuz-open-fairly-soon-2026-04-10/
[2] Trump says US to start blockading the Strait of Hormuz. Reuters. 2026 Apr 12.
https://www.reuters.com/world/trump-says-us-start-blockading-strait-hormuz-2026-04-12/
[3] Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepoint. Today in Energy, U.S. Energy Information Administration. 2025 Jun 16.
https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=65504
[4] About one-fifth of global liquefied natural gas trade flows through the Strait of Hormuz. Today in Energy, U.S. Energy Information Administration. 2025 Jun 24.
https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=65584
[5] EU’s Ribera warns of increasing dependence on US LNG. Reuters. 2026 Jan 28.
https://www.reuters.com/sustainability/climate-energy/eus-ribera-warns-increasing-dependence-us-lng-2026-01-28/
[6] U.S. share of Europe’s LNG imports increased to 60% in January. Reuters. 2026 Jan 30.
https://www.reuters.com/business/energy/us-share-europes-lng-imports-increased-60-january-2026-01-30/
[7] Replacing Russian gas with that of the United States: A critical analysis from the European Union energy security perspective. Russian Journal of Economics 2022, 8(2), 189-206.
https://rujec.org/article/78026/
[8] The (Un)Intended consequences of power: The global implications of EU LNG strategy to reach independence from Russian gas. Energy Policy 2025, 198, 114494.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0301421525000011
[9] Assessing impacts to maritime shipping from marine chokepoint closures. Communications in Transportation Research 2023, 3, 100083.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2772424722000336
[10] Western powers were unable to secure shipping in the Red Sea. Hormuz will be harder. Reuters. 2026 Mar 25.
https://www.reuters.com/business/energy/western-powers-were-unable-secure-shipping-red-sea-hormuz-will-be-harder-2026-03-25/
[11] U.S. LNG exports break record high as Middle East war disrupts global supply. Reuters. 2026 Apr 1.
https://www.reuters.com/business/energy/us-lng-exports-break-record-high-middle-east-war-disrupts-global-supply-2026-04-01/
[12] The United States remained the world’s largest liquefied natural gas exporter in 2024. Today in Energy, U.S. Energy Information Administration. 2025 Mar 27.
https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=64844
[13] There is little U.S. LNG producers can do immediately to replace lost Qatari cargoes. Reuters. 2026 Mar 4.
https://www.reuters.com/business/energy/there-is-little-us-lng-producers-can-do-immediately-replace-lost-qatari-cargoes-2026-03-04/
[14] Back to Russian gas? Trump-wary EU has energy security dilemma. Reuters. 2025 Apr 14.
https://www.reuters.com/business/energy/back-russian-gas-trump-wary-eu-has-energy-security-dilemma-2025-04-14/
[15] How the Strait of Hormuz closure affects global oil supply. Reuters Graphics. 2026.
https://www.reuters.com/graphics/IRAN-CRISIS/OIL-LNG/mopaokxlypa/

















