マラソンのような持久運動は、低血糖を引き起こします。そのため、人体は、自分の体を分解して糖質に変換して脳や赤血球などの重要な組織のエネルギー源とします。
例えば、マラソンランナーやトライアスロンの選手は主にグリコーゲンなどの炭水化物をエネルギー源として利用しますが、筋肉内のグリコーゲンが枯渇すると、エネルギー源を脂肪にスイッチします。
体内の脂肪を分解して、糖質に変換するのは、低血糖時の急場をしのぐ緊急の手段です。
低血糖時に体内の脂肪が分解される現象を「リポリシス」と呼ばれています。
リポリシスでは酸化しやすい油である「多価不飽和脂肪酸(プーファ)」が真っ先に血液中に出現するため、様々な病態を引き起こします(拙著『慢性病の原因はメタボリック・スイッチにあった!』等参照)。
持久運動が引き起こす「脳の自食作用」
なんと、この脂肪の分解は、脂肪組織だけでなく、脂肪が豊富な脳神経組織でも起こることが最新の研究で明らかになっています。
脳の神経線維を包み、電気絶縁体として機能する組織にミエリン(髄鞘)があります。
ミエリンが絶縁体として働くため、速やかに脳神経のシグナル伝達を行うことができます。
逆にミエリンがなくなると、脳神経のシグナル伝達がうまくいかなくなります。
そのことによって、記憶・認知障害だけでなく、手足のしびれ、筋力の低下、視力低下、膀胱・直腸障害などの多彩な神経症状が出現します。
このような病態は、「多発性硬化症」と呼ばれています。
参考文献
・Clinical presentation and diagnosis of multiple sclerosis. Clin Med (Lond). 2020 Jul;20(4):380–383.
マラソンランナーの脳のミエリンが減少!
このミエリンは主に脂質で構成されており、これまでのげっ歯類を使った研究では、これらの脂質が低血糖時ではエネルギー供給源として機能する可能性が示唆されていました。
今回、42キロメートルのマラソンレースを走る前とレース後48時間以内に、10人のマラソンランナー(男性8人、女性2人)の脳を磁気共鳴画像法(MRI:magnetic resonance imaging)で撮影した結果が報告されています。
ミエリンの量を代用する指標である脳内のミエリン水分数を測定したところ、脳内の12領域においてミエリン含有量が一貫して減少していることが明らかになりました。
これらの脳のミエリンが減少した領域は運動協調性や感覚および情動の統合を司っている部位です。
ミエリン含有量が完全に回復するのに、なんと2ヶ月間も要したようです。
参考文献
・Reversible reduction in brain myelin content upon marathon running. Nat Metab (2025).
持久運動は自然の摂理に反する
このマラソンのような持久運動が脳の機能に与える影響は、まだ詳しく調べられていません。
しかし、持久運動がもたらす低血糖では、脳神経のダメージから、多発性硬化症と同じ病態が形成されることが、今回明らかになりました。
このエビデンスは、持久運動がいかに自然の摂理に反しているのかを教えてくれています。