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『世界最高峰の医学誌が同胞を攻撃?』

『世界最高峰の医学誌が同胞を攻撃?』

2026年6月、世界の医学界に深い亀裂を走らせる一本の論考が公開されました。発信源は、創刊から二世紀近い歴史を誇り、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンと並んで「医学界の最高峰」とも呼ばれる英国の医学誌、ランセット(The Lancet)です。

 

 

 

その「ワールド・レポート」欄に掲載されたのは、なんとイスラエル医師会(Israeli Medical Association, IMA)を世界医師会(World Medical Association, WMA)から追放せよ、という驚くべき請願でした[1]。

 

 

 

ここで一度立ち止まって、舞台装置そのものを見ておく必要があります。ランセット誌は1991年以降、世界最大級の学術出版コングロマリットであるエルゼビア(Elsevier)の傘下にあり、さらにその親会社は英国上場企業のRELXグループです[2]。そして1995年から現在に至るまで、編集長を務め続けているのはリチャード・ホートン(Richard Horton)という人物です[2]。この編集長が誰の利益を映す鏡なのかを後に考察します。

 

 

 

医学誌が政治的論争に踏み込むのは、本来きわめて異例のことです。なぜなら、現代医学そのものが権力者の所有するビッグ・ファーマの歯車に過ぎず、「中立性」などそこに存在しないからです。請願にはすでに世界中の医療従事者1,150人以上が署名しており、その筆頭に立ったのは「ピープルズ・ヘルス・ムーブメント(People’s Health Movement)」、「アルツェン・フォール・ガザ(Artsen voor Gaza、ガザのための医師たち)」、そして「ジューイッシュ・ボイス・フォー・ピース(Jewish Voice for Peace)」健康諮問評議会という三つの国際団体でした。彼らはあと四ヶ月後に開催される世界医師会総会の議題に、イスラエル医師会の資格停止を正式に組み入れるよう要求しています。

 

注目すべきは、請願の発起団体の一つが「ジューイッシュ・ボイス・フォー・ピース」、すなわちユダヤ系の組織であるということです。ユダヤ系の批判運動の系譜は決して短いものではなく、2024年に出版されたある歴史研究では、米国におけるユダヤ系シオニズム批判の長い系譜が史料に基づいて再発見されています[3]。ちなみに、正統ユダヤ教徒の人たちは、イスラエルというシオニスト(ユダヤ人ではない人も多い)たちが勝手に建国した国家を認めていません。

 

 

 

⭐️「ヒポクラテスの誓い」というガラス細工

そもそも医師という職業は、世界で最も古い倫理規範のひとつ、ヒポクラテスの誓いに縛られています。それは戦時においてこそ真価を問われる繊細なガラス細工のようなもので、戦場で敵兵にも治療を施すという「医療の中立性(medical neutrality)」の原則は、ジュネーブ条約第一議定書19条によって国際法としても明文化されています[4]。

 

 

 

さらに世界医師会は1975年、ある決定的な宣言を採択しています。「東京宣言(Declaration of Tokyo)」と呼ばれるこの文書は、医師が拷問に加担すること、それを黙認することさえも明確に禁じています。そしてもう一つ重要な条項として、医師は拷問を発見した場合に告発し、声を上げる義務まで負うとされています[5]。つまり、医師の沈黙は単なる無関心ではなく、東京宣言の文脈では「不作為による加担」とみなされうる、というのが今回の請願の論理的な土台になっています。

 

 

 

⭐️1,150人の医師たちが鳴らした警鐘

南アフリカ・ケープタウン大学公衆衛生学名誉教授のレスリー・ロンドン(Leslie London)はランセットに対し、イスラエル医師会は「この戦争の間、パレスチナ人への筆舌に尽くしがたい扱いに共謀してきた」と語っています。彼は、医師会はガザの医療施設や医療従事者への意図的な攻撃の証拠にも、パレスチナ人被拘禁者が置かれているとされる劣悪な環境にも、ついぞ公式に向き合おうとはしなかった非難しています。

 

 

 

ロンドン大学キングス・カレッジの名誉上級臨床講師であるデレク・サマーフィールド(Derek Summerfield)は、「彼ら(イスラエル医師会)は世界医師会のすべてのルールを破ってきた」と述べています。サマーフィールド氏は今に始まったわけではなく、すでに2014年に英国医師会雑誌(BMJ)で、イスラエルにおける医師の拷問加担疑惑に対する世界医師会の対応の鈍さを批判する論考を発表しており[6]、20年以上にわたってこのテーマを追い続けてきた人物でもあります。さらに2021年のレビュー論文では、43カ国725人の医師が2009年から続けてきた、イスラエルにおける医師の拷問加担に関する国際的な規制をめぐる長期的な訴えの軌跡が詳細に記録されています[7]。

 

 

 

⭐️「ヘルソサイド」という新しい言葉

なぜ今、これほどの圧力が高まっているのでしょうか。背景を理解するためには、ガザで起きていることのスケールを直視する必要があります。

 

 

 

ランセット誌は2024年7月、ガザにおける戦争関連死は最終的に186,000人を超えうると見積もる衝撃的な書簡を公表しました[8]。これは食料・水・医薬品の不足、医療インフラの崩壊といった「間接的死亡」を含む長期予測です。さらに2025年1月にランセットに掲載された大規模解析では、捕獲再捕獲法(Capture-Recapture Method)という疫学的手法を用い、2024年6月時点ですでに公式統計の40%増、すなわち外傷死だけで7万人を超える可能性が示されました[9]。これは「数えきれぬ死」を統計的に推定する、いわば暗い海面下の氷山の体積を計算する試みでした。

 

 

 

医療施設そのものへの被害も尋常ではありません。世界保健機関(WHO)は、2024年12月時点でガザにおける医療への攻撃を少なくとも591件確認しており、その過程で854人以上が死亡したと報告しています[10]。2025年9月にランセットに掲載された書簡では、これを単なる「破壊」ではなく「ヘルソサイド(healthocide)」、すなわち「医療そのものの抹殺」と呼ぶ新しい造語が登場し、医学界はこの言葉に深く戦慄しました[11]。

 

 

英国医師会雑誌(BMJ)に2025年に掲載された別の調査では、ガザで活動していた医療従事者78人への面接結果から、戦傷の様相と医療従事者自身がさらされている危険が定量的に記述されています[12]。医師たちが治療する側であるはずなのに、自らが標的となっているという、医療史でも極めて稀な状況が浮かび上がってきます。

 

 

⭐️地下を流れていたマグマ、噴出する

実は、今回のランセットでの公然たる呼びかけは、突如沸き起こった事件ではなく、地下を長く流れていたマグマがついに地表を破った、というほうが正確です。

 

 

 

2025年6月、英国医師会(British Medical Association, BMA)は年次総会で、イスラエル医師会との関係を停止する動議を80%を超える圧倒的多数で可決しました[13]。BMAはまた、世界医師会がイスラエルのソロカ医療センターへの攻撃を非難する一方で、ガザの医療システムの破壊については沈黙してきたことを「ダブルスタンダードである」と批判したのです[13]。

 

 

 

その流れに続いたのが、アパルトヘイトを克服した経験を持つ南アフリカでした。2025年10月、南アフリカ医師会(South African Medical Association, SAMA)は、イスラエル医師会とのあらゆる職業的・二国間関係を停止すると発表し、世界医師会からの追放までも明確に要求しました[14, 15]。鏡を磨くのは別の鏡である、というたとえがあるように、かつて自国の医師たちの倫理的沈黙を厳しく振り返った南アフリカが、この問題で先頭に立ったのは象徴的でした。このような非難に対して、イスラエル医師会はすべて「でっち上げ」だと猛反論に終始しています。

 

 

 

⭐️舞台の裏側 ─ そもそも劇場そのものを誰が建てたのか

さて、ここからが本稿の核心です。表の物語、すなわち「医療倫理が政治に勝った」「沈黙する医師会への鉄槌」というドラマは、確かに美しい筋立てです。しかし、舞台のセットを裏側から覗き込むと、まったく別の構造が見えてきます。

 

 

 

ランセット誌の親会社RELX、その傘下のエルゼビアという出版コングロマリットの経営層と編集中枢には、歴史的にユダヤ系の人脈が深く関わってきたことは、出版業界では半ば公然の知識です[2]。さらに編集長リチャード・ホートンは、過去にも繰り返しイスラエル批判的な書簡を掲載し、その都度国際的な論争を巻き起こしてきた人物であり、2014年にはガザを「虐殺」と表現する書簡を掲載した後、イスラエルを訪問して「深く後悔している」と表明する、というジグザグの軌跡を残しています[19, 20]。今回もその同じ編集長が、再びイスラエル医師会への追放請願を誌面に乗せた、という構図です。

 

 

 

そしてもうひとつ重要な事実は、今回の請願を主導した三団体の一つが「ジューイッシュ・ボイス・フォー・ピース」というユダヤ系団体であり、彼ら自身がZionism(シオニズム)への反対を明確に組織理念として掲げていることです[21]。一方でこの団体は、米国の主流ユダヤ系団体である名誉毀損防止連盟(ADL)からは「反ユダヤ主義者に隠れ蓑を提供している」と公然と批判される、内部対立の象徴的存在でもあります[22]。

 

 

 

ここで素朴な疑問が立ち上がります。もし国際メディアと学術出版の中枢に強いユダヤ系の影響力が存在すると仮定するならば、なぜその中枢から、自国イスラエルの医師会を世界医師会から追放せよという、これほど鋭利な刃が放たれるのでしょうか。庭の番犬が、自分の飼い主に噛みつくとは、一体どういうことなのか。

 

 

 

しかし、もう少し視野を引いて考えてみると、この問いそのものが、ひとつのトリックの中で立てられていることに気づきます。私たちはつい、「ランセットという中立的な医学の権威が、政治的事象に対して意見を述べた」という前提で議論を始めてしまいます。しかしその前提こそが、すでに巧妙に仕掛けられた最初の罠なのです。

 

 

 

⭐️「中立な科学」という最大の幻想

世界医師会という組織が誕生したのは、第二次世界大戦直後の1947年のことです。ナチス・ドイツの医師たちによる人体実験への反省を掲げて結成された、という公式の物語は美しいものですが、その設立資金と政治的バックボーンを提供したのは、戦勝国側の医療官僚機構と、戦後世界秩序を設計した同じ権力ネットワークでした。ジュネーブ宣言(1948年)、ヘルシンキ宣言(1964年)、東京宣言(1975年)といった「医療倫理の聖典」は、いずれもこの組織の枠内で起草されています[5]。つまり、ルールを書く者、ルールに違反したと判定する者、違反者を裁く者が、すべて同じ建物の中にいる、という構造なのです。

 

 

 

現代医学そのものも、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ロックフェラー財団とカーネギー財団がいわゆる「フレクスナー・レポート(Flexner Report, 1910年)」を通じて米国の医学教育を石油化学産業ベースの薬物治療モデルへと一気に再編した権力者たちの一つの装置です[23]。世界保健機関(WHO)もまた、ロックフェラー財団国際保健部門を母体とする戦前の国際連盟保健機関を直接の前身としており、戦後はビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団をはじめとする巨大民間財団からの拠出が運営の基幹を支える構造になっています[24]。

 

 

 

学術出版に目を移しても、ランセット誌の親会社RELXは英国上場の多国籍企業として武器産業の展示会運営から学術論文出版までを統合的に手がけており、利益相反は構造そのものに織り込まれています[25]。つまり、現代医学も独立して存在するものではなく、権力者の一つの道具として存在しているに過ぎません。そこに「中立性」など期待できないのです。

 

 

このように見てくると、「ランセットがイスラエル医師会を批判した」という出来事は、独立した中立な権威による倫理的判断ではなく、もっと大きな構造の中で誰かが許可した範囲内で起きた演出である、という見方が自然に立ち上がってきます。世界医師会も、ランセット誌も、そしてその対立軸にあるイスラエル医師会も、すべて同じ近代医学のシステムの中で生まれ育った同じ家系の兄弟であり、その家系図の頂点には、近代国家、巨大資本、戦勝国秩序という共通の祖先が座っているのです。

 

 

 

劇場の舞台では確かに二派に分かれた医師たちが激しく言い争っているように見えます。しかし、その劇場の建物を建てたのが誰で、照明のスイッチを握っているのが誰で、観客にどのチケットを売るかを決めているのが誰なのかを問えば、答えはすべて同じ場所に収斂していきます。右手と左手が殴り合っているように見えても、両方の手はまったく同じ胴体から生えており、その胴体の意思は「議論が起きている、ということ自体を演出する」ことにあるのです。これは政治学において「コントロールド・オポジション(controlled opposition、統制された反対勢力)」と呼ばれる古典的な手法であり、ヘーゲル弁証法的に対立を演出して合意点に誘導する分割統治の応用形です[26]。

 

 

 

 

もう少し正確に言うと、議論そのものが作られたものであり、その議論の中心にあるものの存在(この場合は中立性を保つ現代医学という幻想)を大衆に確信させてしまうという「ブラックサイコ・オペレーション」です。

 

 

 

したがって本稿は、最終的に次のような結論に至らざるを得ません。世界医師会も、現代医学そのものも、その出発点から特定の権力構造の支配下で創造されたシステムであり、その内部に「中立」などというものは原理的に存在しえません。

 

 

 

真に問うべきは、なぜこの瞬間に、誰の許可のもとで、このシナリオが選ばれたのか、という劇場そのものの設計図です。問いはむしろこう立てるべきです。ユダヤ系がコントロールするランセット誌でイスラエル医師会への批判が掲載されたという事実は、イスラエルに対する世界の厳しい目の「ガス抜き」演出か、あるいは現代医学が中立性を保っているという幻想を私たち大衆に植え付けたいのか。

 

 

 

現代医学は中立性を保っているという幻想が生きながらえるほど、「医療」という自然・宇宙の原理と正反対の人工的行為を合法的に強制できます。

 

 

 

四ヶ月後の世界医師会総会で灯台の光がどちらへ向くかは、医療倫理の勝敗のように見えて、実はあらかじめ脚本に書かれた次の場面の幕開けに過ぎません。私たちに残された唯一の自由は、その舞台の演者に同調することでも、対立する一方の派に肩入れすることでもなく、劇場そのものを外側から眺める観客になることです。この一段高い視座を獲得した者だけが、近代医学という壮麗な伽藍が誰のために建てられたのかを、ようやく見抜くことができます。

参考文献

[1]Lancet report fuels boycott pressure on Israeli Medical Association over Gaza war. Ynetnews 2026, June 15.

[2]The Lancet. Wikipedia 2025.

[3]Levin G. Our Palestine Question: Israel and American Jewish Dissent, 1948-1978. Yale University Press 2023.

[4]The Legal Protection of Hospitals during Armed Conflict. Lieber Institute West Point 2023.

[5]WMA Declaration of Tokyo – Guidelines for Physicians Concerning Torture and other Cruel, Inhuman or Degrading Treatment or Punishment in Relation to Detention and Imprisonment. World Medical Association 1975 (revised 2016).

[6]Summerfield D. The campaign about doctors and torture in Israel five years on. BMJ 2014, 349, g4386.

[7]Summerfield D. Is the international regulation of medical complicity with torture largely window dressing? The case of Israel. Journal of Medical Ethics 2021, 47, e74.

[8]Khatib R, McKee M, Yusuf S. Counting the dead in Gaza: difficult but essential. The Lancet 2024, 404, 237-238.

[9]Jamaluddine Z, Chen Z, Abukmail H, et al. Traumatic injury mortality in the Gaza Strip from Oct 7, 2023, to June 30, 2024: a capture-recapture analysis. The Lancet 2025, 405, 237-248.

[10]Safeguarding healthcare workers in Gaza and throughout occupied Palestinian territory. PMC 2025, PMC11822384.

[11]Gaza’s healthocide: medical societies must not stay silent. The Lancet 2025, 406, 1352-1353.

[12]Patterns of war related trauma in Gaza during armed conflict: cross sectional survey of healthcare workers. BMJ 2025, 390, e087524.

[13]An update on the BMA’s position on the Israel-Gaza conflict. British Medical Association 2025.

[14]South African Medical Association severs ties with Israeli counterpart and calls for wider shunning of the group. BMJ 2025, 391, r2129.

[15]SAMA’s suspension of relations with the Israeli Medical Association. South African Medical Journal 2025, 115, 4313.

[16]Hagay Z, Walfisch Y. Medical ethics, accountability, and evidence during war. The Lancet 2025, 406, 2547.

[17]Global research collaboration with Israel sharply down this year. Science Business 2025.

[18]Ram U, Yair G. The hidden boycott: experiences of Israeli academics during the 2023-24 Israel-Hamas war. Israel Affairs 2024, 30, 891-912.

[19]The strange story of the Lancet editor and Israel. The Canadian Jewish News 2015.

[20]Lancet editor ‘deeply regrets’ publishing Gaza letter. The Times of Israel 2014

[21]Our Approach to Zionism. Jewish Voice for Peace 2024.

[22]Jewish Voice for Peace (JVP). Anti-Defamation League 2024.

[23]Stahnisch FW, Verhoef M. The Flexner Report of 1910 and its impact on complementary and alternative medicine and psychiatry in North America in the 20th century. Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine 2012, 2012, 647896.

[24]Birn AE. Philanthrocapitalism, past and present: The Rockefeller Foundation, the Gates Foundation, and the setting(s) of the international/global health agenda. Hypothesis 2014, 12, e8.

[25]Reed-Elsevier’s hypocrisy in selling arms and health. Journal of the Royal Society of Medicine 2007, 100, 114-115.

[26]Controlled Opposition: Hegelian Dialectic and Political Manipulation. Medium 2023.

 

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