『「脂肪を食べて痩せる」の危険な落とし穴』
現代では、糖質を制限し、高脂肪食(ケトジェニックダイエット(以下、ケト食))が喧伝される前後・左右逆さまの世界になっています。
私が10年以上前にガンの治療として提唱し、その後深く後悔した糖質制限のケト食は、今や世界中で大流行しています。
各国の公衆衛生機関は、まるで万能薬のように、減量はもちろん、糖尿病・肝臓病・心血管疾患などの慢性疾患リスク低減のためにこの食事法を推奨しています。
ケト食を始めた最初の2~3ヶ月間は、体重が落ちていきます。しかし、これは砂漠で蜃気楼を見るようなものです。
炭水化物制限は、その減量の大部分は体内の水分(グリコーゲンに結合している水)が抜けることによるものなのです(1)。決して脂肪が減少した体重減少ではありません。
⭐️筋肉という「エンジン」が壊れていく恐怖
複数の研究が示すように、ケト食は、まるで家の柱を削って薪にするように、脂肪とともに筋肉量の減少も同時に進行し、時間が経つにつれて脂肪減少効果を上回ってしまいます(2,3)。
私たちの筋肉を分解・犠牲にして、糖質制限で下がった血糖値をキープしようとするのです。
結果として、最初の問題をさらに深刻化させてしまいます。
⭐️ケト食は基礎代謝を低下させる
なぜでしょうか?安静時代謝量(RMR)は、まるで工場の機械のように、主に除脂肪量(筋肉)と脂肪量の比率によって決定されるからです。
車のエンジンに例えれば、筋肉は燃費の良い高性能エンジン、脂肪は燃費の悪い古いエンジンのようなもの。
ケト食の長期摂取により筋肉減少量が脂肪減少量を上回ると、まるで高性能エンジンを取り外して古いエンジンに交換するように、基礎代謝率(RMR)は大幅に低下してしまいます(4)。
⭐️「リバウンド地獄」への一方通行切符
このため、ケト食を中止して通常の食事に戻すと、元ケト食実践者は減量分を急速に回復し、その大部分が筋肉ではなく、「脂肪」として蓄積されます。
まるで壊れたダムから水が溢れ出すように、体重は元の数値を上回り、ケト食開始前よりもさらに制限された食事をしても体重が増加し続けることになります。これは、ケト食によって基礎代謝という「燃焼炉」が小さくなってしまったためです(5)。
これは単なる仮説ではありません。数多くの動物実験およびヒト研究によって実証されており、過去記事でお伝えしたように、特に有名な「ビッグ・ルーザー(The Biggest Loser)」コンテストの参加者研究が最も顕著な例です(6)。
運動、糖質制限食、断食などで減量した参加者たちは、まるで圧縮されたバネが跳ね返るように、コンテスト終了後に全員が元の体重を回復し、さらにそれを上回る体重まで増加したのです。
⭐️「痩せ太り」という最悪の状態
研究者たちは、この食事制限と運動プログラムが参加者の基礎代謝率(RMR)を低下させ、「サルコペニア性肥満」—俗に「痩せ太り」と呼ばれる、肥満と低筋量状態が併存する状態—を引き起こしたと結論づけています(7)。
これは、肥満でありながら十分な筋肉量を持つ状態(ケト食開始前の肥満者の大半が該当)と比べ、まるで病気の症状を治そうとして、さらに深刻な病気にかかってしまうような状況です。
⭐️最新研究が暴く衝撃の事実
2024年の画期的な研究で、インディアナ州アールハム大学の生理学者モリー・ギャロップ(Molly Gallop)氏らは、まるで長期間の実験室のように、マウスに約1年間(人間換算で数十年相当)ケト食を与え続けました(1)。結果は衝撃的でした。
最も懸念されるのは、ケト食を摂取したマウスの膵臓に起きた変化です。まるで工場の生産ラインが故障したように、これらのマウスはグルコース負荷試験においてごく少量のインスリンしか分泌できませんでした(1)。
これは実質的に1型糖尿病の前駆状態—つまり、体が十分なインスリンを作れない状態です。
⭐️ 「低インスリン」は健康の証拠ではなく危険信号
ケト食支持者がしばしば誇る「低インスリン状態」は、実際には非常に悪い兆候です。
まるで「エンジンの音が静か」だと思っていたら「エンジンが故障していた」ようなもの—つまり「機能」ではなく「欠陥」だったのです(1)。
複数の研究が示すように、ケト食や糖尿病で見られる血中遊離脂肪酸(プーファ)の上昇は、まるで工場から漏れ出た化学物質が周辺環境を汚染するように、膵臓だけでなく腎臓、肝臓、心臓、脳などの他の臓器にも損傷を与えることが明らかになっています(8,9)。
⭐️対照的な結果を示した「真の健康食」
興味深いことに、同じ研究で、低脂肪・低タンパク質食または低脂肪・中程度タンパク質食を与えられた被験者は、まるで正しい燃料を与えられたエンジンのように、ケト食群よりもはるかに多くの体重を減らし、肥満の原因となった代謝機能障害の改善を実際に確認したのです(1)。
⭐️肝臓への深刻なダメージ
さらに、ケト食は新たな肝疾患を引き起こすか、既存の肝疾患を悪化させる可能性も示されました。ケト食を摂取した雄マウスでは、まるで工場の廃棄物処理施設が機能不全を起こしたように、脂肪肝と肝機能障害を示していました(1)。
「脂肪肝の真の原因は果糖」というのは糖質制限プロパガンダであり、真犯人は脂肪(プーファ)なのです。
この研究の結論は明確です。
長年にわたってプーファの害悪をお伝えしてきましたが、残念ながら日本では高脂肪食、なかでも酸化しやすいプーファ摂取を積極的に推奨する医師たちも登場しています。
今回のご紹介した複数の研究から、長期的な食事介入として用いられた高脂肪食(ケトジェニックダイエット)は、特に筋肉減少、基礎代謝低下、脳・心臓・腎臓・膵臓(β細胞)および肝臓などの他臓器のダメージ、血漿脂質レベル(遊離プーファ)上昇という複数の観点から、健康増進のための食事介入として体系的に用いることは厳に慎まなければなりません。
参考文献
- A long-term ketogenic diet causes hyperlipidemia, liver dysfunction, and glucose intolerance from impaired insulin secretion in mice. Science Advances 2024, 10(38), eadx2752
- Effects of ketogenic diets on cardiovascular risk factors. Nutrients 2017, 9(5), 517-532
- Long-term effects of a ketogenic diet in obese patients. Experimental and Clinical Cardiology 2004, 9(3), 200-205
- Metabolic effects of very-low-carbohydrate diets. Current Opinion in Clinical Nutrition and Metabolic Care 2003, 6(4), 401-406
- Persistent metabolic adaptation 6 years after “The Biggest Loser” competition. Obesity 2016, 24(8), 1612-1619
- Competition-based weight loss intervention. International Journal of Obesity 2012, 36(1), 86-92
- Sarcopenic obesity: definition, pathophysiology and clinical significance. Clinical Nutrition 2018, 37(2), 693-702
- Lipotoxicity in the pancreatic beta cell. Biochimica et Biophysica Acta 2010, 1801(3), 289-298
- Free fatty acids and insulin secretion in humans. Current Diabetes Reports 2005, 5(5), 341-347