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『人間は五感以上の感覚を持っている』

『人間は五感以上の感覚を持っている』

 

 

人間には、教科書で習う「五感」どころか、驚くこと少なくとも20以上、多い人は33もの感覚があると考えられています(1,2)。この見方に立つと、日常のありふれた体験が、一気に「超・多感覚世界」に見えるようになってきます。

 

 

 

今まで私たちが意識できなかっただけで、物事を極めた人たちはこの多くの感覚のチャンネルを感じられる能力があったに違いありません。

 

 

⭐️五感に縛られない「33の感覚」

 

ふだん私たちは、スマホやパソコンの画面に意識を奪われ、視覚と聴覚ばかりを酷使しがちです。けれど、ちょっと注意を向けるだけで、他の感覚が一気に姿を現します。

 

 

 

– マグカップのざらざら、グラスのつるつるした手触り

– 肩こりの重さや、布団に体が沈んでいく感覚

– 焼きたてパンのふんわりした柔らかさや、衣服のタグのチクチク

 

 

 

朝を思い出してみましょう。歯磨き粉のツンとした清涼感、シャワーの水が肌をたたく感触と音、淹れたてコーヒーの立ちのぼる香り――これらは、たくさんの感覚が同時に重なった「多感覚の作品」です(1,2,5)。

 

 

⭐️アリストテレスの五感は「ざっくり版」

 

アリストテレスは「視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚」の五感を挙げましたが、これは今日から見れば「感覚のざっくり分類」にすぎません。現代の神経科学では、人間には少なくとも22〜33の感覚があるとされ、その中には次のようなものが含まれます(1,2)。

 

 

 

・固有受容感覚(proprioception)

目で見なくても、自分の手足がどこにあるか分かる感覚。暗闇でも歩けるのは、これのおかげです。

・前庭感覚(vestibular sense)

内耳の三半規管によるバランス感覚で、「体が傾いている・回転している・加速している」ことを知らせます。

・内受容感覚(interoception)

心拍が少し速くなった、空腹でお腹が鳴りそう、のどが渇いた――こうした「体内からの信号」を感じる感覚です。

・運動主体感(sense of agency)

「これは自分が動かしている」という実感で、自分の手足の動きを自分の意思と結びつける感覚です(24,25)。

・所有感(sense of ownership)

「これは自分の腕だ」と感じる感覚で、身体の一部を「自分のもの」と認識させます(24,25)。

 

 

 

脳卒中の患者さんでは、この「運動主体感」や「所有感」が乱れ、「誰かに腕を動かされている」「この腕は自分のものではない」と感じることがあります(24,25)。こうした臨床例が、これらが独立した感覚であることを物語っています(24,25)。

 

 

 

⭐️「触覚」も「味覚」も、実は細かい寄せ集め

 

教科書的な五感の中身を細かく見ると、それぞれさらに分解できます。

 

・触覚

実は「痛み」「温度」「かゆみ」「触圧(触れられる/押される感じ)」など、複数の感覚系の集合体です。

・味覚

舌の受容体が「甘味・塩味・酸味・苦味・うま味」という五つの基本味を検出します。

 

 

 

ただし、「ミント味」「マンゴー味」「イチゴ味」「ラズベリー味」といった“風味”は、甘味・酸味・苦味などの単純な足し算では説明できません(14,15,17)。舌には「ラズベリー専用の受容体」は存在せず、ラズベリーらしさは「味覚だけ」では生まれません。

 

 

 

ポイントは、風味の大部分は「匂い」で決まっている、という事実です。

 

 

 

・外から匂いを吸い込む通常の嗅覚は「順鼻嗅覚(orthonasal olfaction)」

・食べ物や飲み物を口に入れたとき、香りの分子が口→喉の奥→鼻へ抜ける経路が「後鼻腔嗅覚(retronasal olfaction)」です(8–10)。

 

 

 

2019年の研究では、「後鼻腔嗅覚」は通常の嗅覚とは違い、味覚皮質の働きを必要とすることが示され、「味」と「匂い」が脳内で独特のかたちで統合されていることが分かっています(8)。

 

 

 

さらに、触覚も風味の決め手になります(14–17)。

 

 

 

・とろとろ半熟の卵が好きか、しっかり固めが好きか

・チョコレートが「なめらかで贅沢にとろける」と感じるかどうか

 

 

 

これらの好みには、口の中での硬さ・粘度・きめの細かさなどの「触覚情報」が深く関わっています。2015年のレビューでは、こうした多感覚プロセスが、最終的な食品の選び方まで左右していることが詳しく論じられています。

 

 

⭐️感覚はいつも「チーム戦」

 

日常の感覚体験のほとんどは、「一つの感覚だけ」ではなく、いくつもの感覚が同時に働く“多感覚体験(multisensory)”です(4–7,11,12)。見ているもの、聞いている音、触れている感触、感じている匂いは、別々の部品として届くのではなく、「ひとつながりの世界」としてまとめ上げられます。

 

 

 

・見ているものが、聞こえ方を変える

・触れている感触が、「おいしさ」の感じ方を変える

 

 

 

2008年の研究では、こうした多感覚統合は、脳内で別々の感覚情報を担う神経細胞が「タイミングを合わせて同期して活動する」ことで起こると提案されています(4)。

 

 

 

⭐️シャンプーの香りで“髪質”が変わる?

 

多感覚の相互作用は、身近な商品にも利用されています(5,11,14–17)。

 

 

 

・シャンプーにバラの香りを加えると、同じ成分なのに「髪がより絹のように滑らか」と感じやすくなります(。

・低脂肪ヨーグルトに特定の香りを足すと、乳化剤を増やさなくても「口当たりが濃厚でクリーミー」に感じられます・。

 

 

 

口の中で立ち上がり、鼻腔へ上っていく香りの感じ方は、実際に飲んでいる液体の粘度(とろみ)によっても変化します。2012年の研究では、「味」が後鼻腔嗅覚を増強し、風味体験をさらにリッチにしていることが報告されています。

 

 

 

⭐️飛行機の中でトマトジュースが“おいしい”理由

 

意外なところでは、「音」も風味に影響します(18,19)。航空機のエンジン音のような大きな背景騒音の中では、味覚が変化することが分かっています。

 

 

 

・塩味・甘味・酸味の感じ方は、白色雑音や飛行機の騒音の中で弱くなる

・一方で「うま味」はあまり影響を受けず、むしろ相対的に強く感じられる

 

 

 

トマトやトマトジュースはうま味の宝庫です。そのため、機内では塩味・甘味がマスクされ、うま味が前面に出て「地上よりおいしく」感じられるのです。2015年の研究は、この“機内トマトジュース現象”に科学的な裏付けを与えています(18,19)。

 

 

私はトマトが苦手なので、残念ながらこれを経験したことはありません。

 

 

 

⭐️「見え方」を変える前庭感覚

 

視覚もまた、前庭系(バランス感覚)の影響を受けます(2,3)。

・飛行機がまだ地上にいるとき、客室を見回してみる

・その後、離陸して上昇しているときにもう一度見てみる

 

 

 

物理的には座席の配置は同じなのに、客室の前方が自分より高い位置にあるように「見える」ことがあります。これは、内耳の前庭感覚が「体は後ろに傾いている」と脳に伝え、その情報が視覚と統合されて起こる錯覚です(3)。

 

 

⭐️感覚研究の最前線が教えるもの

 

ロンドン大学高等研究院の「感覚研究センター」では、哲学者・神経科学者・心理学者が協働し、「私たちの感覚は本当はどう働いているのか」を探っています(4,5,11,12)。2013年に始まった「Rethinking the Senses(感覚を再考する)」プロジェクトでは、感覚に関するさまざまな驚くべき発見がありました。

 

 

 

 

・歩くときに足音の音質を変えるだけで、自分の身体が「軽く感じる」「重く感じる」といった体感が生じること

・テート・ブリテン美術館で、肖像画のモデルが語りかけてくるような音声ガイドを使うと、来館者はその絵の視覚的なディテールをよりよく覚えていること

 

 

 

音が身体感覚や記憶にまで影響している、というわけです。

 

 

 

⭐️「重さの錯覚」が暴く、脳の予測癖

 

ロンドン・キングス・クロスの「Coal Drops Yard」で行われたインタラクティブ展示「Senses Unwrapped」では、「自分の感覚はどれくらい当てにならないか」を体験できます(11)。その代表例が「サイズ−重さの錯覚(size–weight illusion)」です(20–23)。

 

 

 

・小・中・大のカーリングストーンを用意し、どれが一番重いか持ち比べる

・多くの人は「一番小さいもの」が最も重く感じます

– しかし、秤にかけてみると、実際には三つとも同じ重さ

 

 

この錯覚は、1891年にフランスの医師オーギュスタン・シャルパンティエによって初めて記録され、「シャルパンティエの錯覚」とも呼ばれています(20,21)。その後の研究により、「大きいものは重いはず」という私たちの期待が、実際の感覚をねじ曲げていることが分かってきました(20–23)。

 

 

 

⭐️日常が「実験室」になる

 

こうした錯覚や多感覚現象は、特別な展示会に行かなくても、日常のあらゆる場面で観察できます。

 

 

 

・次に外を歩くとき、自分の足音と「体の重さ」の感じ方に注意してみる

・食事のとき、目をつぶって「香り」「舌触り」「噛んだときの音」を一つずつ意識してみる

・飛行機や新幹線の中で、飲み物の味がどう変わるか試してみる

 

 

少し立ち止まって「いま、どの感覚が働いているだろう?」と問いかけるだけで、世界は一気に色彩と奥行きを増します。感覚を一つ一つ分解してそれを足し合わせても、自然の感覚にはなりません。私たちの感覚の世界は、想像しているよりはるかに複雑で、そして驚くほど豊かなのです。

 

 

 

 

参考文献 

  1. Ritchie JB, Carruthers P. The bodily senses. The Oxford handbook of philosophy of perception, 2015, 353-370.
  2. Brandt T, Dieterich M, Huppert D. Human senses and sensors from Aristotle to the present. Front Neurol, 2024, 15, 1404720.
  3. Lopez C. Making sense of the body: the role of vestibular signals. Multisens Res, 2015, 28(5-6), 525-557.
  4. Senkowski D, Schneider TR, Foxe JJ, Engel AK. Crossmodal binding through neural coherence: implications for multisensory processing. Trends Neurosci, 2008, 31(8), 401-409.
  5. De Gelder B, Bertelson P. Multisensory integration, perception and ecological validity. Trends Cogn Sci, 2003, 7(10), 460-467.
  6. Spence C. Audiovisual multisensory integration. Acoust Sci Tech, 2007, 28(2), 61-70.
  7. Shams L, Kim R. Crossmodal influences on visual perception. Phys Life Rev, 2010, 7(3), 269-284.
  8. Blankenship ML, Grigorova M, Katz DB, Maier JX. Retronasal odor perception requires taste cortex, but orthonasal does not. Curr Biol, 2019, 29(1), 62-69.
  9. Green BG, Nachtigal D, Hammond S, Lim J. Enhancement of retronasal odors by taste. Chem Senses, 2012, 37(1), 77-86.
  10. Burdach KJ, Kroeze JHA, Köster EP. Nasal, retronasal, and gustatory perception: an experimental comparison. Percept Psychophys, 1984, 36(3), 205-208.
  11. Spence C. Crossmodal correspondences: A tutorial review. Atten Percept Psychophys, 2011, 73(4), 971-995.
  12. Spence C, Deroy O. How automatic are crossmodal correspondences? Conscious Cogn, 2013, 22(1), 245-260.
  13. Knöferle K, Spence C. Crossmodal correspondences between sounds and tastes. Psychon Bull Rev, 2012, 19(6), 992-1006.
  14. Prescott J. Multisensory processes in flavour perception and their influence on food choice. Curr Opin Food Sci, 2015, 3, 47-52.
  15. Auvray M, Spence C. The multisensory perception of flavor. Conscious Cogn, 2008, 17(3), 1016-1031.
  16. Verhagen JV, Engelen L. The neurocognitive bases of human multimodal food perception: sensory integration. Neurosci Biobehav Rev, 2006, 30(5), 613-650.
  17. Spence C. Multisensory flavor perception. Cell, 2015, 161(1), 24-35.
  18. Woods AT, Poliakoff E, Lloyd DM, et al. Effect of background noise on food perception. Food Qual Prefer, 2011, 22(1), 42-47.
  19. Yan KS, Dando R. A crossmodal role for audition in taste perception. J Exp Psychol Hum Percept Perform, 2015, 41(3), 590-596.
  20. Murray DJ, Ellis RR, Bandomir CA, Ross HE. Charpentier (1891) on the size-weight illusion. Percept Psychophys, 1999, 61(8), 1681-1685.
  21. Stevens JC, Rubin LL. Psychophysical scales of apparent heaviness and the size-weight illusion. Percept Psychophys, 1970, 8(4), 225-230.
  22. Saccone EJ, Chouinard PA. The influence of size in weight illusions is unique relative to other object features. Psychon Bull Rev, 2019, 26(1), 77-89.
  23. Wolf C, Bergmann Tiest WM, Drewing K. The size-weight illusion comes along with improved weight discrimination. PLoS One, 2020, 15(7), e0236440.
  24. Braun N, Debener S, Spychala N, et al. The senses of agency and ownership: a review. Front Psychol, 2018, 9, 535.
  25. Miyawaki Y, Otani T, Morioka S. Agency judgments in post-stroke patients with sensorimotor deficits. PLoS One, 2020, 15(3), e0230603.

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