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『「美しさ」という名の呪縛――世界一痩せた日本女性が抱える、見えない健康リスク』  

『「美しさ」という名の呪縛――世界一痩せた日本女性が抱える、見えない健康リスク』

 

「かわいくなりたいなら、もっと痩せなきゃ」――そんな声が、今日もSNSのタイムラインを流れています。スマートフォンの画面には、驚くほど細い体のインフルエンサーたちが、次々と「理想の体型」として提示されています。しかし、その裏側で静かに進行している危機に、私たちはどれだけ気づいているでしょうか。

 

日本の若い女性たちは今、世界でも類を見ないほど「痩せすぎ」の状態にあります。これは単なる流行や美意識の問題ではなく、深刻な健康危機として国際的にも注目されているのです。まるで静かに忍び寄る影のように、この問題は個人の体だけでなく、次の世代の健康までも脅かし始めています。

 

 

⭐️数字が物語る異常な現実

20代から30代の日本人女性の5人に1人が、医学的に「痩せ」と判定されています(1)。これは先進国の中でも突出して高い数値です。

 

 

たとえるなら、教室に25人の女性がいれば、そのうち5人が健康的とは言えないほど痩せているということになります。この数字は、もはや「個人の選択」という言葉では片付けられない、社会的な現象と言えるでしょう。

 

この背景にあるのが、「ルッキズム」と呼ばれる外見至上主義です。ルッキズムとは、人の価値を外見で判断する考え方のことで、まるで見えない檻のように私たちの価値観を縛っています。特にSNSの普及により、この「痩せているほうが美しい」という価値観は、かつてないスピードで広がり、深く浸透しています(2)。

 

 

画面越しに届けられる完璧に見える体型の数々は、現実の健康的な体型との境界線を曖昧にし、多くの女性たちに「ありのままの自分では不十分だ」という感覚を植え付けているのです。

 

 

⭐️手軽さの代償――危険なメディカルダイエットの蔓延

この痩身願望の高まりとともに、極めて危険な現象が起きています。それは、本来糖尿病の治療薬として開発されたGLP-1受容体作動薬を、ダイエット目的で使用する「メディカルダイエット」の乱用です(3)。

 

 

拙著『世界一やさしい薬のやめ方』でもご紹介していますが、2023年の研究では、GLP-1受容体作動薬の使用が自殺念慮や自傷行為のリスク増加と関連している可能性が報告されています(4)。さらに、2024年の大規模な観察研究では、これらの薬剤が筋肉量の減少を引き起こし、長期的には死亡率の上昇につながる可能性が示唆されています(5)。

 

 

薬によって体重は減るかもしれませんが、それは健康という土台を削り取った上での減量なのです。まるで家の柱を切って軽くしているようなもので、一見スリムになったように見えても、体の中では重要な構造が失われているのです。

 

 

元巨人軍のプロ野球選手であった元木選手が最近、激痩せでSNSやテレビでクローズアップされていますが、一見して分かるように、あきらかな病的痩せ、つまり筋肉が分解されていることがわかります。

 

 

これも糖質制限という非生理的な食事法による慢性的な低血糖が原因です。糖質制限を厳格に行うと、GLP-1受容体作動薬と同じく筋肉がなくなりガンの末期のようになるか、あるいは脂肪が増える体型になります。

 

⭐️体が発する警告信号

無理な減量は、体からの様々な警告信号として現れます。最も顕著なのが生理不順です。2020年の日本での研究によると、低体重の女性では月経異常のリスクが有意に高いことが報告されています(6)。

 

 

生理は、体が「健康に子どもを育てられる状態にある」というサインでもあります。それが乱れるということは、体が「今はエネルギーが足りない、生存が優先だ」と判断している証拠なのです。つまり、不妊を招きます。

 

 

さらに深刻なのが骨密度の低下です。若い時期の極端な低体重は、骨の成長と強化が最も活発な時期に必要な栄養を奪うことになります。2019年のレビュー論文では、若年期の低体重が将来的な骨粗鬆症のリスクを高めることが示されています(7)。

 

骨は、まるで銀行預金のようなもので、若いうちにしっかり蓄えておかないと、年を重ねてから深刻な問題を引き起こします。骨折しやすくなり、将来的には寝たきりのリスクさえ高まります。

 

 

⭐️次世代への連鎖――見えない悪影響

最も懸念されるのは、母親の栄養状態が次の世代にまで影響を及ぼすという事実です。これは「DOHaD仮説(Developmental Origins of Health and Disease)」として知られる概念で、胎児期や生後早期の環境が、その後の人生における健康状態を決定づけるという考え方です(8)。

 

 

2018年の日本を含むアジア諸国のデータを分析した研究では、妊娠前の母親の低体重が、生まれてくる赤ちゃんの低出生体重と関連し、それが子どもの将来的な生活習慣病リスクを高める可能性が示されています(9)。まるで負の連鎖のように、今日の無理なダイエットが、まだ見ぬ子どもたちの健康にまで影を落とすのです。

 

2021年の疫学研究では、母親の妊娠前BMI(体格指数)が低いほど、子どもが成人後に糖尿病や心血管疾患を発症するリスクが高まることが報告されています(10)。これは、胎児期に十分な栄養が得られなかった体が、生まれた後に「飢餓に備える」ような代謝パターンを記憶してしまうためだと考えられています。

 

 

⭐️価値観の転換が必要な時

「ありのままじゃ駄目なのかな?」という問いかけは、決して甘えでも言い訳でもありません。それは、歪んだ美の基準に対する、正当な疑問の声なのです。健康的な体とは、BMIの数値や体重計の数字だけで測れるものではありません。それは、十分なエネルギーを持ち、日々の活動を楽しめ、心身ともに安定している状態を指すのです。

 

 

 

 

私たちに必要なのは、「痩せている=美しい」という単純な図式から抜け出し、多様な体型や美しさを認める社会的な価値観の転換です。それは同時に、科学的根拠に基づかない危険なダイエット法や、安易な薬物使用に警鐘を鳴らすことでもあります。

 

 

 

SNSの画面に映る完璧に見える体型は、多くの場合、加工やフィルター、特殊な照明、そして時には健康を犠牲にした結果です。それを「普通」や「理想」として受け入れる前に、私たちは立ち止まって考える必要があります。本当に大切なものは何か、そして未来の自分と次の世代のために、今何を選択すべきか。

 

美しさの定義は時代とともに変わりますが、健康の価値は普遍的です。大切なのは、他人と比較することではなく、自分の体が発するサインに耳を傾け、長期的な健康を守ることです。それが体の内側から輝く真の健康美なのです。

 

参考文献

(1) Takimoto H, Yoshiike N, Kaneda F, Yoshita K. Thinness among young Japanese women. Am J Public Health. 2004;94(9):1592-1595.

(2) Fardouly J, Vartanian LR. Social media and body image concerns: Current research and future directions. Curr Opin Psychol. 2016;9:1-5.

(3) Wilding JPH, Batterham RL, Calanna S, et al. Once-Weekly Semaglutide in Adults with Overweight or Obesity. N Engl J Med. 2021;384(11):989-1002.

(4) Wang W, Volkow ND, Berger NA, Davis PB, Kaelber DC, Xu R. Association of semaglutide with risk of suicidal ideation in a real-world cohort. Nat Med. 2024;30(1):168-176.

(5) Ida S, Kaneko R, Imataka K, et al. Effects of GLP-1 receptor agonists on muscle mass and function: A systematic review and meta-analysis. Diabetes Metab Syndr. 2024;18(2):102960.

(6) Nishihama Y, Yoshida T, Horiuchi F, Miyazaki Y. Associations between body mass index and menstrual cycle irregularity in Japanese female students. J Obstet Gynaecol Res. 2020;46(3):445-453.

(7) Fernandez-Garcia D, Stavres J, Lupu A, Robles-Gil M, Olmedillas H. The effects of low body weight on bone health in adults: A systematic review. Nutrients. 2019;11(12):2828.

(8) Barker DJ, Eriksson JG, Forsen T, Osmond C. Fetal origins of adult disease: strength of effects and biological basis. Int J Epidemiol. 2002;31(6):1235-1239.

(9) Morisaki N, Kawachi I, Oken E, Fujiwara T. Social and anthropometric factors explaining racial/ethnical differences in birth weight in the United States. Sci Rep. 2017;7:46657.

(10) Fleming TP, Watkins AJ, Velazquez MA, et al. Origins of lifetime health around the time of conception: causes and consequences. Lancet. 2018;391(10132):1842-1852.

 

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