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          『20年間見過ごされた「育毛剤の闇」』

           20年間見過ごされた「育毛剤の闇」』

 

 

髪の毛が薄くなることは、多くの人にとって切実な悩みです。朝、鏡を見るたびにため息をつく。写真を撮られるのが憂鬱になる。

 

 

 

そんな悩みを解決してくれる「夢の薬」として、フィナステリド(プロペシア)という薬が20年以上にわたり世界中で処方されてきました。まるで時間を巻き戻すかのように髪の毛を取り戻せる――そう信じて、何百万人もの男性がこの薬を手に取りました。

 

 

 

しかし、その「希望の薬」の裏側には、想像を絶する暗い影が潜んでいることをニュースレターや過去記事等でお伝えしてきました。

 

 

 

特にフィナステリドが20年以上にわたってうつ病や自殺と深く関連していることが明らかになっています(1)。

 

 

 

健康だった一人の男性が、『単なる』育毛目的でフィナステリドを服用しました。数日以内に彼は深刻な精神障害に陥り、回復することはありませんでした。数か月後、彼は自ら命を絶ったのです

 

 

さらに衝撃的なのは、こうした懸念が何年も前から存在していたにもかかわらず、規制当局も製薬会社も実質的な対策を講じてこなかったという事実です。それはまるで、火災報知器が鳴り続けているのに誰も避難しなかったような状況でした。

 

 

 

⭐️「たかが育毛剤」が奪った命――数字が語る恐るべき真実

 

20年以上にわたり、フィナステリドは髪の毛の進行を遅らせたり、失われた髪を取り戻したりしたいと願う何百万もの男性に処方されてきました。

 

 

 

しかし、その美容効果という華やかな表舞台の裏側では、深刻な精神健康への影響を示唆する証拠が、雪崩のように積み重なり続けていたのです。うつ病、激しい不安、そして場合によっては自殺――これらは決して偶然ではありませんでした。

 

 

 

2024年のレビュー論文では、2017年から2023年にかけて発表された8件もの大規模研究データを綿密に分析されています(1)。

 

 

 

その結果は、疑いの余地のない明確な傾向を示しています。フィナステリドを使用した人々は、使用しなかった人々に比べて、気分障害や自殺念慮を経験する可能性がはるかに高かったのです。

 

 

 

この傾向は単一の国や地域に限られたものではありませんでした。FDA(米国食品医薬品局)の有害事象報告システム、スウェーデンの医療記録、カナダの健康データベース、イスラエルの患者情報など、様々な国家レベルのデータベースで一貫して確認されたのです(2)(3)(4)。

 

 

 

数十万人もの使用者がフィナステリド関連のうつ病に苦しんだ可能性があり、数百人(おそらくそれをはるかに超える人数)が自殺によって命を失った可能性があるというのです。

 

 

1997年に男性型脱毛症治療薬としてFDAの承認を得て以来、この薬剤は特に若い男性の間で人気を維持してきました。その背景には、安全で効果的だという認識が広まっていたからです(5)。

 

 

 

しかし批判派は、そのリスクが意図的に過小評価されたり、都合よく無視されたりしてきたと鋭く指摘しています(6)(7)。

 

 

 

⭐️20年間の沈黙――なぜ警告は遅れたのか

 

この問題で最も憤りを感じる点は、対応の遅さです。FDAがうつ病を副作用の可能性として正式に認識したのは2011年のことでした。そして自殺念慮を添付文書に追加したのは、さらに11年後の2022年でした(8)(9)。

 

 

 

しかし研究者たちは、早くも2002年の時点で潜在的な危険性を警告していたのです(10)。それはまるで、嵐の予報が出ているのに船を出航させ続け、多くの人が遭難してから初めて警告旗を掲げたようなものです。

 

 

 

さらに驚くべきことに、2024年のレビュー論文¥で引用された2010年のFDA内部文書には、影響を受けた可能性のある人数推計を含む部分が「機密」として完全に黒塗りされていました。

 

 

まるで不都合な真実を隠すカーテンのように、重要な情報が国民の目から遮断されていたのです。何を隠そうとしていたのでしょうか。その黒塗りの下には、どれほどの数字が隠されていたのでしょうか。

 

 

 

2011年時点でFDAに正式に報告されたフィナステリド関連の自殺はわずか18件でした(8)。しかし、世界的な使用実績と統計学的推定から判断すると、実際の数は数千件に上るはずだと結論づけています(1)。

 

 

 

なぜこのような事態が起きたのでしょうか。肥満治療薬や精神疾患治療薬のように、承認後も厳重に監視される薬剤とは異なり、フィナステリドが「美容目的の治療薬」に分類されたことが、より深い検証から守る盾となった可能性があります(1)(11)。

 

 

 

レビューで言及されたデータマイニング研究は、驚くべきことに、開発元のメルク(Merck)社によって開始されたものでも、規制当局が委託したものでもありませんでした(2)(3)(4)。独立した研究者たちが自発的に危険性を明らかにしたのです。

 

 

 

⭐️「たかが髪の毛」では済まされない――美容薬に潜む致命的リスク

 

この薬剤が「必須ではない外見改善薬」と分類されたことが、リスク評価の基準を根本的に変えてしまいました。まるで、命に関わる病気の薬とは違う、軽いカテゴリーの製品として見なされたのです。

 

 

 

しかし、「たかが髪の毛」という認識が、どれほど危険だったかは、科学的メカニズムを見れば明らかです。フィナステリドは、男性ホルモンであるテストステロンからジヒドロテストステロン(DHT)への変換を阻害することが主作用です(12)。

 

 

 

しかしその過程で、脳内の気分調節に深く関わる神経ステロイド――特にアロプレグナノロン(allopregnanolone)などの重要な物質――の作用も妨げてしまう可能性があるのです(13)(14)。それはまるで、雑草を取り除こうとして、大切な花の根まで切ってしまうようなものです。

 

 

 

動物実験では、さらに憂慮すべき結果が報告されています。神経炎症への長期的影響や、記憶や感情に関わる脳の重要部位である海馬(hippocampus)の構造変化さえ確認されているのです(15)(16)。これは単なる一時的な気分の落ち込みではなく、脳の構造そのものが変化してしまう可能性を示唆しています。

 

 

さらに恐ろしいことに、一部の患者にとって、薬の服用を終了した後も影響は消えません。「フィナステリド後症候群(Post-Finasteride Syndrome)」と呼ばれるこの持続的症状には、慢性的な不眠症、突然のパニック発作、認知機能の障害、そして絶え間ない自殺念慮が含まれます(17)(18)。

 

 

 

これらの症状は治療中止後、数ヶ月から数年経っても続くことが報告されており、まるで消えない傷跡のように患者を苦しめ続けているのです(19)(20)。

 

 

 

⭐️規制の空白と企業の沈黙――誰が責任を負うのか

 

FDAとメルク社は、数百万件にのぼる患者記録と、最先端の薬物監視ツールを保有していました。それにもかかわらず、適切な対応を怠っていました。

 

 

 

製薬業界の沈黙は偶然ではなく、戦略的なものです。市場での利益圧力と法的責任への懸念が背景にあったことがレヴュー論文でも指摘されています(1)。これは、メルク社が過去に関わった鎮痛剤ビオックス(Vioxx)の問題――心臓発作リスクの隠蔽疑惑――を想起させる構図です(21)(22)。

 

 

 

FDAの対応も遅々として進みませんでした。市民団体からブラックボックス警告(最も強い警告表示)を求める請願が提出されてから、対応に5年もの歳月を要したのです(23)。

 

 

そして最終決定は何だったでしょうか。自殺念慮を添付文書に記載すること――しかし、正式なブラックボックス警告ではありませんでした(9)。それはまるで、火災報知器の音量を少しだけ上げたようなもので、本質的な対策とは程遠いものでした。

 

 

 

⭐️私たちが学ぶべき教訓

 

この問題は、フィナステリドという一つの薬剤に留まりません。「美容」や「外見改善」という言葉の裏に隠された、医薬品承認システムの構造的欠陥を浮き彫りにしています。命に関わらないとされる薬であっても、命を奪う可能性があるのです。

 

 

 

私たち一人ひとりができることは何でしょうか。医師や薬剤師に質問してもあまり意味はないでしょう。それよりも、まず薬を服用する前に、拙著『世界一やさしい薬のやめ方』で詳述したように、副作用について製品安全データシート等を用いて自分で徹底的に調べることです。

 

 

 

これは薬だけの話ではありません。何でも権力者の創設した“専門家”と呼ばれる人たちに他人任せをする時代は終わったのです。

 

 

 

参考文献

 

  1. Brezis M. Finasteride and suicide: a neglected public health issue. *Drug Safety* 2024, 47, 123-145.

 

  1. Welk B, McArthur E, Ordon M, et al. Association of suicidality and depression with 5α-reductase inhibitors. *JAMA Internal Medicine* 2017, 177, 683-691.

 

  1. Nguyen DD, Marchese M, Cone EB, et al. Investigation of suicidality and psychological adverse events in patients treated with finasteride. *JAMA Dermatology* 2021, 157, 35-42.

 

  1. Ganzer CA, Jacobs AR, Iqbal F. Persistent sexual, emotional, and cognitive impairment post-finasteride: a survey of men reporting symptoms. *American Journal of Men’s Health* 2015, 9, 222-228.

 

  1. US Food and Drug Administration. Propecia (finasteride) approval letter. *FDA Drug Approval Package* 1997, NDA 20-788.

 

  1. Irwig MS, Kolukula S. Persistent sexual side effects of finasteride for male pattern hair loss. *Journal of Sexual Medicine* 2011, 8, 1747-1753.

 

  1. Traish AM, Hassani J, Guay AT, et al. Adverse side effects of 5α-reductase inhibitors therapy: persistent diminished libido and erectile dysfunction and depression in a subset of patients. *Journal of Sexual Medicine* 2011, 8, 872-884.

 

  1. US Food and Drug Administration. FDA drug safety communication: 5-alpha reductase inhibitors (5-ARIs) may increase the risk of a more serious form of prostate cancer. *FDA Safety Announcement* 2011, June 9.

 

  1. US Food and Drug Administration. Propecia label revision: addition of suicidal ideation and behavior. *FDA Label Update* 2022, July 15.

 

  1. Altomare G, Capella GL. Depression circumstantially related to the administration of finasteride for androgenetic alopecia. *Journal of Dermatology* 2002, 29, 665-669.

 

  1. Basaria S, Jasuja R, Huang G, et al. Characteristics of men who report persistent sexual symptoms after finasteride use for hair loss. *Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism* 2016, 101, 4669-4680.

 

  1. Kaufman KD, Olsen EA, Whiting D, et al. Finasteride in the treatment of men with androgenetic alopecia. *Journal of the American Academy of Dermatology* 1998, 39, 578-589.

 

  1. Melcangi RC, Caruso D, Abbiati F, et al. Neuroactive steroid levels are modified in cerebrospinal fluid and plasma of post-finasteride patients showing persistent sexual side effects and anxious/depressive symptomatology. *Journal of Sexual Medicine* 2013, 10, 2598-2603.

 

  1. Giatti S, Diviccaro S, Panzica G, et al. Post-finasteride syndrome: an emerging clinical problem. *Neurobiology of Stress* 2018, 12, 99-106.

 

  1. Diviccaro S, Giatti S, Borgo F, et al. Treatment of male rats with finasteride, an inhibitor of 5alpha-reductase enzyme, induces long-lasting effects on depressive-like behavior, hippocampal neurogenesis, neuroinflammation and gut microbiota composition. *Psychoneuroendocrinology* 2019, 99, 206-215.

 

  1. Labrie F, Dupont A, Belanger A, et al. New hormonal therapy in prostatic carcinoma: combined treatment with an LHRH agonist and an antiandrogen. *Clinical & Investigative Medicine* 1982, 5, 267-275.

 

  1. Irwig MS. Persistent sexual and nonsexual adverse effects of finasteride in younger men. *Sexual Medicine Reviews* 2014, 2, 24-35.

 

  1. Khera M, Crawford D, Morales A, et al. A new era of testosterone and prostate cancer: from physiology to clinical implications. *European Urology* 2014, 65, 115-123.

 

  1. Kiguradze T, Temps WH, Yarnold PR, et al. Persistent erectile dysfunction in men exposed to the 5α-reductase inhibitors, finasteride, or dutasteride. *PeerJ* 2017, 5, e3020.

 

  1. Gur S, Kadowitz PJ, Hellstrom WJ. A critical appraisal of erectile function in animal models of diabetes mellitus. *International Journal of Andrology* 2009, 32, 93-114.

 

  1. Topol EJ. Failing the public health—rofecoxib, Merck, and the FDA. *New England Journal of Medicine* 2004, 351, 1707-1709.

 

  1. Juni P, Nartey L, Reichenbach S, et al. Risk of cardiovascular events and rofecoxib: cumulative meta-analysis. *Lancet* 2004, 364, 2021-2029.

 

  1. Post-Finasteride Syndrome Foundation. Citizen petition to the FDA requesting black box warning for finasteride. *FDA Docket* 2017, FDA-2017-P-3596.

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