『《血圧の数字に潜む罠》―製薬マネーが動かす「基準値」の真実』
みなさんは、健康診断で血圧を測るとき「少し高いですね、薬を始めましょう」と言われた経験はないでしょうか?
血圧の数値は、まるで「交通ルールの信号」のように、人々の行動を一瞬で変えてしまう魔法の数字です。青信号なら安心、赤信号ならストップ。血圧が「基準値」を超えた瞬間、あなたは「患者」とされ、薬が処方されます。
ところが、その基準値が「誰のために」決められているのかを知る人はほとんどいません。
■ 厳格化される血圧の基準値
2023年、日本高血圧学会は新しい「高血圧管理・治療ガイドライン」を発表しました。これまで75歳以上の高齢者は、転倒や副作用のリスクを考慮して血圧目標が緩めに設定されていました。
ところが今回からは一律に 「130/80 mmHg未満」 という厳しい基準が適用されることになったのです。同時に「薬は1種類で効果がなければ2種類、さらに3種類」と増やす方針も示されました。
学会は「脳卒中や心疾患を防ぐため」と説明しますが、これには確固たるエビデンスはありません。拙著『世界一やさしい薬のやめ方』に詳述しているとおり、むしろ無理な血圧低下によって死亡率が高くなるこエビデンスをお伝えしています。
■ 「高齢者にまで一律」は本当に正しいのか?
東海大学名誉教授の大櫛陽一氏は、過去の大規模健診データを解析し「70代男性の血圧は上が170程度でも健康リスクは低い」と報告しています。むしろ高齢者の過度な降圧は、認知症や死亡率を上げる危険性があることが国内外の研究で明らかになっています【1】。
実際、2022年に米国医学誌 JAMA に掲載されたアムステルダム大学などの研究(平均年齢74.5歳、1.7万人を7.3年間追跡)では、 最も死亡率が低かったのは収縮期血圧160 mmHg、認知症リスクが最も低かったのは185 mmHg だったのです【2】。
つまり、「下げれば下げるほど健康になる」という単純な話ではないのです。
■ 製薬マネーと「基準値」操作の影
では、なぜ高齢者にまで厳しい基準を当てはめるのでしょうか。
ここで浮かび上がるのが「製薬マネー」の存在です。
血圧の基準値を下げれば下げるほど「患者」は増えます。今回の改訂で降圧治療の対象者は 約4635万人、従来より600万人以上増加しました。これに伴い、降圧剤の処方量も膨らむのです。
実際に調査すると、日本高血圧学会の役員29人のうち16人が、過去5年間で1000万円以上の謝礼を製薬会社から受け取っていました。最高額は 1億円超。5000万円を超える医師も複数います。医師全体の平均(同期間で155万円)とは桁違いです。
■ 「過去の黒歴史」から学ばない医学界
降圧剤をめぐっては、すでに過去に大規模な不正が発覚しています。
2013年の「ディオバン事件」では、複数の国内大学と製薬会社が関与し、臨床試験データの改ざんが暴かれました。関連論文はすべて撤回され、医学界を揺るがしました【3】。
それにも懲りず、再び巨額の製薬マネーと基準値の引き下げが結びついているのだとしたら…。そこには患者の健康よりも「市場拡大」を優先する力学が働いていると疑われても仕方がありません。
⭐️血圧の数値を「鵜呑み」にしない
そもそも血圧が高くなる原因にアプローチせずに、病態の結果に過ぎない血圧だけにターゲットを絞ること自体がナンセンスです。
これは糖尿病の治療が原因にアプローチせずに、血糖値だけを低下させることに執着しているのと同じ構図です。
「130/80未満」という画一的な基準が押しつけられれば、本来薬が不要な高齢者まで薬漬けになりかねません。いや、若年者でも高血圧と診断され、投薬されかねないでしょう。
医師も患者も「数字の魔法」にとらわれず、真の病態の原因にアプローチしていくことが自然の原則です。
参考文献
1.Beckett NS, et al. “Treatment of Hypertension in Patients 80 Years of Age or Older.” N Engl J Med 2008;358:1887-98.
2.Sabayan B, et al. “Association of Blood Pressure With Cognitive Decline and Dementia: A Prospective Cohort Study.” JAMA 2022;328(14):1377-1387.
3.Yamada T, et al. “Scandal over valsartan trials in Japan.” Lancet 2013;382(9894):1684.