「牛乳を飲むと骨粗しょう症になりやすくなる」といった噂を耳にしたことはありませんか?実際、北欧やアメリカの先進国ように牛乳をたくさん消費している国ほど骨折や骨粗しょう症が多いという疫学的調査が存在します。
でも、ちょっと待ってください。その話には、決定的な見落としがあります。
⭐️真犯人は第三者の交絡因子(Confounding Factors)
交絡因子とは何でしょうか?簡単に言うと、本来関係がない二つの出来事をあたかも関係があるように見せてしまう「隠れた要因」のことです。
例えば、夏の暑い日にアイスクリームを食べる人が増えると同時に、熱中症患者も増えます。でも、「アイスクリームを食べると熱中症になる」とは誰も思いませんよね?この場合、本当の原因は「暑さ」です。「暑さ」が交絡因子というわけです。
これを牛乳の話に戻すと、「牛乳をたくさん飲む国ほど骨粗しょう症が多い」というのも、実は「高齢化が進んでいる国ほど牛乳を飲む高齢者が多く、その高齢者は骨粗しょう症にもなりやすい」というだけかもしれません。つまり「高齢化率」が交絡因子として真犯人になっているのです。
この場合、高齢化率が真犯人であって、牛乳摂取は冤罪(スケープゴート)です。
このような疫学研究では、他にも日照時間(北欧は日照時間が短い)や運動習慣などの重要な交絡因子を十分に考慮していないため、誤解が生じやすいのです。また、骨折のリスクが高い高齢者や女性は骨を守ろうとして積極的に牛乳を飲む傾向があるため、「骨粗しょう症があるから牛乳を飲む」という逆の因果関係も見落とされています。
そもそも疫学研究は、「AとBが同時に起きている」という相関関係を示しているだけで、「AがBの原因である」という因果関係を証明するものではありません。例えば、「日本でSNSを使う人が増えている」と「経済格差が拡大している」は両方とも増加していますが、「SNSの使用が経済格差を引き起こしている」とは言えません。
マスコミ、一般健康ポップカルチャーで喧伝される疫学研究は、あくまでも基礎的な研究の補完であり、それが単独で真のエビデンスを示せないことを知っておきましょう(どのような研究がエビデンスと言えるのかは、拙著『奇跡のハチミツ自然治療』参照)。
参考文献
・Statistical problems with study on milk intake and mortality and fractures. BMJ. 2014 Nov 26:349:g6991.
・Systematic review and meta-analysis of the association between dairy consumption and the risk of hip fracture: critical interpretation of the currently available evidence. Osteoporos Int. 2020 Aug;31(8):1411-1425.
⭐️牛乳で骨が強くなるメカニズム
疫学研究だけで判断するのではなく、より厳密な実験研究(ランダム化比較試験)を見てみましょう。
実は、牛乳が骨を強くすることを示す科学的証拠は豊富にあります。牛乳にはカルシウムだけでなく、タンパク質、乳糖、リン、マグネシウム、亜鉛など、さまざまな栄養素がバランス良く含まれています。これらが一緒に働き合って骨を丈夫にする効果は「乳製品マトリックス効果(Dairy Matrix Effects)」と呼ばれています。
また、牛乳はカルシウム吸収を高め、骨のミネラル密度(Bone Mineral Density:BMD)を上げることがランダム化比較試験でも証明されています。成長期の子どもや高齢者が牛乳を飲むことで、骨量が増加し骨折リスクが下がるという明確な研究結果が複数報告されています。
さらに、牛乳は糖質のエネルギー代謝を活発にすることで、骨内部のコラーゲン生成を促進します。骨がしっかり再生され、新陳代謝が高まることで、骨そのものが丈夫になるのです。また、牛乳のカルシウムによって骨を溶かす副甲状腺ホルモンの分泌が抑制されます。
つまり、適切な方法で実施された科学研究は明確に牛乳のメリットを証明しているのです。
参考文献
・New insights into dairy management and the prevention and treatment of osteoporosis: The shift from single nutrient to dairy matrix effects-A review. Compr Rev Food Sci Food Saf. 2024 Jul;23(4):e13374.
・The Effects of Milk Supplementation on Bone Health Indices in Adults: A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Adv Nutr. 2022 Aug 1;13(4):1186-1199.
・The Effects of Dairy Product Supplementation on Bone Health Indices in Children Aged 3 to 18 Years: A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Adv Nutr. 2023 Sep;14(5):1187-1196.
・Long-term consumption of liquid dairy products predicts lower fracture risk in aging women: a 25-year follow-up. Eur J Nutr. 2025 Jun 9;64(5):213.
・Consumption of milk and dairy products and risk of osteoporosis and hip fracture: a systematic review and Meta-analysis. Crit Rev Food Sci Nutr. 2020;60(10):1722-1737.
・Association between Dairy Product Intake and Risk of Fracture among Adults: A Cohort Study from China Health and Nutrition Survey. Nutrients. 2022 Apr 14;14(8):1632.
・Milk consumption and bone health. JAMA Pediatr. 2014 Jan;168(1):12-3.
⭐️「牛乳悪玉説」という一般健康常識や固定観念を疑え
科学的エビデンスは明確に示しています:適切に設計された研究において、牛乳摂取は骨密度改善、骨代謝マーカーの最適化、そして骨折リスクの減少に寄与します。
特に、成長期における骨量獲得と高齢者における骨量維持において、牛乳摂取の有益性は確立されています。
「牛乳消費国で骨粗しょう症が多い」という疫学的観察は、交絡因子の不適切な制御、方法論的限界、そして相関関係と因果関係の混同によるものです(したがって、疫学的調査はエビデンスレベルが低い)。
日本ではなかなか難しいですが、何よりも本物の牛乳や乳製品を摂取すると、その効果が実感できます。市販のミルクではお腹をこわしても、牧場で飲んだ場合は何も起こらないのは、乳糖よりも、加工の過程での問題に起因していると考えて差し支えありません。
私たちは、支配層が流布する表面的な情報に惑わされることなく、あるいは「感情」「信念」といったうたかたのものに同一化することなく、科学的根拠に基づいた判断を行う必要があります。
日本人はすぐに感情で反応してしまう傾向があります(日本の考えさせない教育の問題ですが、近年では欧米も同じ傾向になっている)。感情ですぐに反応する前に、少し立ち止まってエビデンスを眺めるだけのちょっとした冷静さが必要です。
誰が言ったか言わないかなど関係ありません。エビデンスだけを並べてじっと見つめてみましょう。
牛乳は、バランスの取れた食事の一部として、骨の健康(もちろんミルクの健康増進効果のほんの一つにすぎません)に貢献する優れた食品であることが、確実な科学的エビデンスによって支持されているのです。