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『小さな利権が乱立する日本:組織の闇〜俯瞰シリーズ』

 

 

日本という国は、霞ヶ関の東大出の官僚をトップとして、小さな“ムラ”社会の利権が乱立している後進国です。

 

海外では、小さな利権が乱立するというよりは、大きな利権が社会を覆っています。

 

 

小さな利権が乱立している方が、世界政府のような大きな利権一つに支配されるよりマシという意見もあります(私は、この両方とも「邪悪」と考えています)。

 

 

しかし、今回は、この小さな利権が乱立することによる「生きづらさ」「風通しの悪さ」による弊害についてお伝えしたいと思います。

 

 

昨今ではヤクザ(暴力団)に対する締め付けが厳しくなっていますが、日本は都会から田舎まですべてヤクザと同じく利権の“シマ”が決まっています。

 

 

日本のトップの官僚たちそのものが利権を生む温床になっているのですから、その下の構造は、どこまでいっても相似形になっています(政治屋さんは、その利権の調整をして利権を得る(^_−)−☆)。

 

わたしたちが丸腰で何かをしようとすると、必ずこの目に見えない“シマ”の利権に抵触し、挫折させられます(あるいは利権に対して多額のお金をとられる)。

 

さて、医学の世界でも同じく“ムラ”社会であり、小さな利権が乱立しています。

 

 

先日、1人の若い医師が過労のため自殺しました。

 

 

このことについて、至極真っ当な提言をされている医師の記事が掲載してありましたので、ご紹介したいと思います。

 

 

医師向けのニュースや連載記事は、非常に知的レベルが低く、ほとんどが勝手な信念(洗脳されたか、利権かのどちらか)か自分を守るだけのちんけなもので埋め尽くされています。

 

 

その中でも今回ご紹介する医師は、物事が俯瞰でき、かつ利権を縛られることなく、正直に現状を伝えられています。

 

 

(転載開始)

 

専攻医を過労自殺に追い込んだ2つの巨大悪

 

「自己研鑽は労働か」だけでは問題の本質に迫れない

神戸市の甲南医療センターに勤務していた男性専攻医(26歳)が昨年(2022年)5月に過労自殺した。西宮労働基準監督署は、これを長時間の時間外労働で精神障害を発症したのが原因だとして、今年6月に労災認定した。この専攻医は自殺するまでの約3カ月間休日がなく、死亡前月の時間外労働は「207時間」に上っていた。これは、国が定める精神障害の労災認定基準(月160時間以上、3カ月平均100時間以上)を大幅に上回っている。労基署は「専攻医になったばかりで先輩医師と同等の業務量を割り当てられ、『指示された学会発表の準備』も重なり、長時間労働となった」と判断し、「過労で精神障害を発症したことが自殺の原因」と結論づけた(関連記事「26歳専攻医が過労自殺、労災認定」)。

 

これに対して、同センターの具英成院長は記者会見で「病院として過重な労働をさせた認識は全くない」と長時間労働の指示を否定した。同センターでは、労働時間をタイムカードによる医師の自己申告に基づいて管理していたが、この専攻医が申告した死亡前月の時間外労働は「30.5時間」だったと述べた。同院長は「医師は自由度が高く、『労働』と『自己研鑽』の切り分けは難しい。労基署の認定には、『労働に当たらない自主的な自己研鑽』の時間が含まれている」として、「見解に相違がある」と主張した(関連記事「専攻医が過労自殺、院長『過重労働させた認識ない』」)。

 

医療者の間ではこの病院側の姿勢を非難する声が多く上がっているが、「自己研鑽を労働として認めるか」の議論で立ち止まっていては、問題の本質を見失ってしまう。本件を医師の労働環境の改善に生かすことはできない。

 

 

 

「医師の働き方改革」は穴だらけのザル

「自己研鑽を労働として認めるか」については、2019年7月に厚生労働省が局長通達を出しており、「自己研鑽が上司の明示・黙示の指示により行われるものである場合には、これが労働時間外に行われるものであっても、本来業務との直接の関連性なく行われるものであっても、労働時間に該当するものである」としている。この「黙示の指示」とは、労働時間の定義に関する言葉らしいが、ほとんどが裁判例に基づいており、個別の事情によって判断が異なるため極めて曖昧である。

 

医師の働き方をめぐっては、2018年に成立した改正労働基準法に基づき、2024年4月に時間外労働に罰則付き上限が設けられる。しかしながら、この新設される時間外労働の上限においても、「自己研鑽」の定義も位置付けも明確にされていない。このままでは来年からの「医師の働き方改革」なんて穴だらけのザルで、とても医師の労働環境が改善するとは思えない。

 

今回の神戸市の専攻医の前にも、2016年1月には新潟市で当時37歳の女性研修医、2015年7月にも東京都で30歳代の男性研修医が過労自殺し、いずれも労災認定されている。昔も今も、そしてこれからも、犠牲になるのはいつも立場の弱い若い先生たちである。実効性のある「医師の労働組合」が存在しない以上、われわれ医師仲間で守ってあげるしかない。

 

私は以前から、医師会や主要学会の「勤務医会」こそが医師の労働環境を守る責務を担うべきと訴えてきたが(関連記事「医師の過労死を防ぐための川口流提言」)、例によってなんの影響力もない。日本医師会と日本整形外科学会の勤務医会の会長にも要望書を出したが、両方ともガン無視されてしまった。その上、「連合」との連携などを主張してしまったので、すっかりアッチ側の医者だと思われてしまった…ので、もういい。

 

くだらない些末な学会での発表は「研鑽」にならない

日本呼吸器学会の会員に対する働き方に関するアンケートでは、「自己研鑽」の内容のトップ(82.5%)が「学会準備」となっている(関連記事「呼吸器科医の働き方改革の実際」)。しかし、「学会準備」は若い医師にとって本当に「研鑽」になるのか。私が医師になってから長きにわたって、くだらない些末な学会が林立している。このようなレベルの学会での発表準備が、若い先生の「研鑽」になるとはとても思えない。

 

大学教授はなぜか学会長をやりたがる。全国の有象無象の大学教授を学会長にするには、学会数を増やすしかない。しかし、学会だけ増えても、演題を集めて参加者を確保しないと、赤字まみれの閑古鳥状態で格好がつかない。そこで、関連病院の部長や教授互助会に「演題を出してくれ」とお願いする。結果、若い先生に「上司の明示・黙示の指示」として学会発表が押し付けられる。

 

「上司の明示・黙示の指示」であれば、厚労省の通達では「労働」として認められることになる。では、上司の指示がなければ、専攻医は学会準備をしなくてもいいだろうか。言うまでもなく、専攻医は専門医を目指す立場である。

 

問題は、新専門医制度が専門医取得のために学会発表業績を必須としていることである。しかしながら、くだらない些末な学会での発表やその準備が、新専門医制度の目標である「高い専門性を持った良質の医療を国民に提供できる専門医の育成」に必要だとはとても思えない。それでも若い医師たちは、専門医取得のために学会準備に無駄な労力を強いられている。内科系では、専攻医登録評価システム(J-OSLER)の導入によって、専攻医の負担はますます増えている。

 

日本の医療の構造的な問題が起こした「人災」

驚いたことに、日本専門医機構の渡辺毅理事長は8月21日の記者会見で、「今回の過労自殺はあくまで当該施設と研修医の労働契約に関わる事案であり、機構の研修プログラム内容の問題ではない。機構から積極的に何かを働きかける意向はない」と、極めて不遜で無責任な意見を述べた(関連記事「研修医過労自殺、専門医機構の見解は?」)。残念を通り越して情けない。何度でも言うが、「百害一利」の新専門医制度は撤退の時期である(関連記事「『百害一利』の新専門医制度は勇気ある撤退を」)

 

今回の甲南医療センターと労基署との「見解の相違」は、「上司の明示・黙示の指示」の有無によるものである。しかしながら、これは問題の本質ではない。諸悪の根源は、些末な学会の林立、不合理な専門医制度であり、その背景には今でも医学界・医療界に巣食っている不条理が存在する。今回の専攻医の過労自殺は、日本の医療の構造的な問題が起こした「人災」である。

 

この専攻医の医師の兄が記者会見で述べた、「弟は医療機関の労働環境を改めさせるために医師になったのではない。多くの患者を救うために最後まで頑張っていた」という言葉は心に刺さる(メディカルトリビューン 2023年08月23日)。

 

(転載終了)

 

この記事の内容は、医師の私にとっても他人事ではないものでした。

 

 

この記事の中でも「諸悪の根源は、些末な学会の林立、不合理な専門医制度であり、その背景には今でも医学界・医療界に巣食っている不条理が存在する。今回の専攻医の過労自殺は、日本の医療の構造的な問題が起こした「人災」である」は、まさに我が意を得たりの明言です。

 

 

医学界でも小さな利権(瑣末な学会)が乱立していています。

 

中には、製薬会社にバックアップしてもらっている学会を我が物顔にしている無能な医師も存在しています(こういった医師が医師向けの連載記事を書いている)。

 

 

その瑣末な学会のための演題を無理やり作る(学会発表のため事実を捻じ曲げることがある)のが、大学に所属する医師たちの義務となっています。

 

 

この学会発表というのは、ほとんどがいわゆるエビデンスとはならない、意味のないものです。

 

 

研究において新しい知見があったものは、論文として医学雑誌に掲載されます。

 

 

学会発表のほとんどは、箸にも棒にもかからないものが大半です。

 

実際に質の高い医学雑誌に掲載される内容のものは、ほとんどありません。

 

 

つまり、学会の意義など、学会を開催している側の利権以外にはないということです。

 

さて、日本の医学界に限らず、どの分野でも同じ構造が横わっています。

 

 

それは、詰まるところ、霞が関の官僚を頂点とする“ムラ”社会構造に集約されます。

 

 

これらの官僚は、世界を我が物にする♨️権力者の手足になることで、自分たちの利権を揺るぎないものにしています。

 

そのムラ社会の犠牲になるのは、いつも末端の私たち大衆です。

 

 

この歪な構造が、明治以降の日本人の心身を蝕み続けています。

 

海外に行くと、外見で日本人とすぐ分かるのは、日本人の背骨が曲がっているからです。

 

 

いじめなどの負のエネルギーの根源にも、官僚を頂点とするこの小さな利権の乱立にあります。

 

歪な社会の圧迫によって自殺するくらいなら、小さな利権のシマから抜け出すことをお勧めします。

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