私たちは腐敗したものを避ける行動が備わっています。
これは食品だけでなく、ヒトの死体に対しても同じです。
実は、私たち哺乳類だけでなく、植物や昆虫なども同じく死亡した(=腐敗した)同種のものを避けることが分かっています。
これは腐敗した死体(dead body)に近寄ると、腐敗の過程で発生する様々な有機揮発物(VOC)でエネルギー代謝がダメージを受けるからです。
さて、腐敗した死体から何をシグナル(Necromone)として感じ取っているのでしょうか?
ゴキブリ、アリ、コオロギ、毛虫などの昆虫やワラジムシ(甲殻類)では、同種の死体から発生するオレイン酸とリノール酸(プーファ)に反応して死体を避けることが報告されています(Evolutionary Biology 36(3):267-281 · September 2009)(Journal of Insect Behavior 30(3):1-14 · May 2017)。
ミツバチでも、仲間の死体から発生するオレイン酸が死体を除去するシグナルになるようです(Sci Rep. 2018; 8: 5719)。
このように昆虫などでは不飽和脂肪酸が死の匂いのシグナルになっています。
それでは私たちにとっての死の匂い(death smell)は何なのでしょうか?
それは、死体をバクテリアが分解するときに発生するある物質の匂いが該当するようです(PLoS Comput Biol. 2018 Jan; 14(1): e1005945)。
基礎医学シリーズのタンパク質のパートでも詳述した、「ポリアミン」と呼ばれる物質です(具体的には、putrescine とcadaverine)。
これは死体のタンパク質にあるリジン、オルニチンといったアミノ酸をバクテリアが分解してできた物質です。
実際のこのポリアミンの匂いを嗅がせた臨床実験では、
●警戒心が高まる
●匂い物質から遠ざかる
●脅威を感じる
●他者への攻撃性が高まる
などの行動変化が現れました(Front Psychol. 2015; 6: 1274)。
このポリアミンはさらに代謝されてアルデヒドとなるので、結局はプーファやオレイン酸などの不飽和脂肪酸と運命は同じです(^_−)−☆。
腐敗したものを“魚臭い”と言うのも、魚のオメガ3がアルデヒドを発生させるからに他なりません。
興味深いのは、私たちの死体の腐敗臭(ポリアミン、アルデヒド)は、ネズミ、金魚や死体に卵を植え付けるハエなどにとっては、寄せ付ける吸引物質になることです(J Exp Biol. 2003 May; 206(Pt 10):1683-96)(Brain Res. 1996 Mar 18; 712(2):213-2)(J Biochem. 1984 Apr; 95(4):1105-10)。
私たちにとっての死のフェロモンは、他種にとっての惹きつけるフェロモンとなっているのですね(^_−)−☆。