少し難しいですが、拙著に対する批判に対してこの場で回答いたします。
(質問)
「最近、糖質制限系の医師などが崎谷先生の著書内の「細胞内から血流への糖の逆流は生化学的にあり得ない」と批判しているのを見かけました。理由は肝臓と腎臓以外にglucose6phosphataseがないからです。」
(回答)
生化学の教科書(ハーパー、リッピンコット)にも記載してありますが,
グルコースは濃度依存で細胞内外を移動します。
そのグルコースを細胞内外に運搬するタンパク質グルコース・トランスポーター(GLUT)の解明が少しずつ進んでいます(J Mol Biol. 2017 Aug 18;429(17):2710-2725)。
グルコース・トランスポーター2(GLUT-2)は、肝臓、腎臓、脳、消化管、膵臓に存在しますが、血液内のグルコース濃度が低いとき(細胞内に比べて)には、細胞内から細胞外へグルコースを運搬します(肝臓、腎臓の糖新生は、細胞内から細胞外へ糖を運ぶシステム)。
ランドルの論文では、筋肉細胞において、脂肪酸、ケトン体によって糖尿病、飢餓と同じく、細胞内で解糖系(糖の燃焼)の最初のステップであるヘキソカイネース(グルコカイネース)がブロックされることで細胞内にグルコースが蓄積することが示されています(Lancet. 1963 Apr 13;1(7285):785-9)。
これらの細胞内に蓄積したグルコースは、血糖の方が低ければ、グルコース・トランスポーターや濃度勾配に従って拡散(simple & facilitated)して細胞外に運び出されるはずです。
もちろん、このときに同時にグルコースの細胞内への取り込み自体もブロックされますのでインシュリン抵抗性になります。インシュリン抵抗性が高まれば、血糖値があがってくるので、細胞外へのグルコースの移動もなくなるはずです。
この2つのメカニズムで脂肪を燃焼すると血糖が高くなります。
glucose6phosphataseという酵素は、糖新生に必要であるに過ぎません。
糖の細胞外への移動とは関係ありません。
むしろヘキソカイネース(グルコカイネース)がブロックされることによる細胞内グルコース蓄積。そして濃度勾配によるグルコースの細胞外移動(やがてインシュリン抵抗性が強くなり、糖そのものが細胞内に入らなくなる)が大切です。
ちなみに、今のところglucose6phosphataseは、肝臓、腎臓、小腸、膵臓のβ細胞に存在することが確認されているようです(Biochem J. 2002 Mar 15;362(Pt 3):513-32)。
今後、さらに研究が進めば、ランドルたちの研究から始まった「脂肪酸―糖 サイクル」も詳しく解明されていくでしょう。
様々な研究という点をつなぎ合わせて線や面や立体にしていく作業は未知であり、大変ですが、あらゆる可能性を視野に入れる謙虚さを失わずに批判も甘受していきたいと思います。